本田圭佑 激戦からの帰国を待ちわびる離別した母の存在

WEB女性自身 / 2014年6月25日 7時0分

日本一負けず嫌いな男にも、弱音を吐き心を癒す場所は必ずやある。本田圭佑(28)が小学2年で離別した実母を思い、愛し続けているエピソードはあまり知られていないーー。
 
本田は大阪府摂津市の生まれ。今も生家には父方の祖母が住んでいる。ブラジルに応援に行った父親が暮らすのは大阪府の別の場所。だが、本田が帰国して直行するのは、その大阪ではない。広島県東部に位置する山間の田舎。そこには実母が住んでいた。
 
現在50代になる母親は広島県の出身だ。大阪に出て生保会社のセールスレディとして働いていた。彼女は本田の父・司氏と出会い結婚。兄と本田の2児に恵まれたが、本田が小学校2年生のときに離婚している。本田と兄は父親に引き取られ、母親は広島の実家で自身の両親と暮らすことになった。
 
「えっちゃん(母親)は病気がちでね。結婚しているときもよく療養に帰ってきていたんよ」(近所の住人)
 
両親の離婚以来、本田は幼いころから、母親に会うためたびたびこの地を兄と訪れている。母親の実家周辺では、まるでずっと地元で育った少年のように本田のことを「圭佑君」と呼び 近所づき合い が続いてきた。本田にとって第二の故郷といってもいい。
 
本田は、広島に戻ると気安く近隣に「おじさん、帰ったで」と声をかけていた。近所の家や商店の店先には、本田のサイン色紙や本田と一緒に撮った写真が飾られている。
 
「名古屋(グランパスエイト)から海外に移るとき、圭佑君が奥さんを連れて帰ってきたんよ。えっちゃんの家で写真を撮ったわ。色白で美人の奥さんは、お母さんに似ていた。口数は少なくて、おとなしい性格。えっちゃんもきれいな人ですから」(別の近所の住人)
 
母親の病状は一進一退だった。元気なときには公園で軽い運動をする姿が見られたが、体調がよくないときは、塞ぎ込むこともあったという。
 
「圭佑君は、お母さんとおばあちゃんに『一軒家を建ててやる』と約束していた。まだその約束を果たせてないけど、早くかなえられたら  」(近隣女性)
 
しかし、その約束を果たせなくなるような状況が待ち受けていた。前回のW杯直前、母親と一緒に暮らしていた本田の祖父が亡くなった。本田は急遽広島に向かい、霊前に線香を上げたという。翌年、今度は祖母も後を追うように亡くなった。独りになった母親の身を本田は誰よりも案じていた。
 
「一人で生活するのは難しかったから、お母さんは病院に併設されている施設に入ることにしたの。そのほうが安心できるからね」(前出・近所の住人)
 
施設で暮らす母親。その母親の親戚は、こう語る。
 
「圭佑が帰ってくると、親戚が集まるから、周囲の人も『圭佑君が帰ってきた』と騒ぎになる。海外のクラブに入ってからは、いつもお付きの人が2人ぐらい同行してくる。みんなでご飯というわけにもいかないし、我々が車で送り迎えもできない。事故でも起こしたら大変だと考えるんだろうね。サッと来てサッと帰る感じだね。(本田の)母親については、何も話すことはないです。今はただ(W杯を)頑張ってもらうだけです」
 
ビッグクラブに移籍することによって、本田は「心の故郷」からは遠い存在になっていく。それでも、寸暇を惜しんで彼は母親に会いに帰ってくる。
 
(週刊FLASH7月 8日号)

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