北島三郎語る“紅白卒業”の真意

WEB女性自身 / 2014年2月16日 7時0分

「歌手になるからには、またなったからには『紅白を目指そう!』と。私にとって『目標は紅白ひとつ』でした。だから、初出場したときの気分は最高で。『ここだよ、ここ! 俺が見せるところ、聴かせるところは』と思って、あがるとか、ドキドキすることはまったくなかった」

 ’63年、27歳で初出場した『NHK紅白歌合戦』をそう振り返る北島三郎さん(77)。最後の“紅白”から1カ月が過ぎ、本誌へ“紅白卒業”秘話を語ってくれた。

「じつは、デビュー50周年を迎えた’11年に『これを機会に紅白を“卒業”しようか……』と考えたことがあったんです。ところが、その年の3月11日に東日本大震災が起こってしまった。そこで、『今は自分の50周年をどうとか言っている場合じゃない。被災した方たちに、少しでも元気を出してもらえるような歌を歌わなければ』と、それだけを考えるようにしました」(北島さん・以下同)

 そして迎えた昨年の正月。「今年、紅白に選んでもらうと出場50回になる。ひとつの線を引くにはいい機会だな」と考えたという。その背景には、時代の流れとともに紅白は「歌を聴かせる紅白」から、ショーアップして「見せる紅白」に変わってきていると北島さんは感じていたからだった。

「こうした流れを維持して、紅白には“日本の紅白”ではなく“世界の紅白”になってほしい、というのが私の願望なの。そのためには、私も、このへんで入口も、出口もきちんと作っておかないといけない。そうでないと紅白は変わっていかないと考えて、一区切りつけさせていただくことにしたんです」

 紅白出場50回は史上最多で、白組のトリを務めること13回。紅白の最後を飾る大トリ出演11回は、故・美空ひばりさん(’89年6月24日逝去・享年52)に並ぶ最多記録である。

「紅白の当日、嫁さん(雅子さん・76)は『頑張ってね。見てるから』と言って私を送り出してくれるのが常でした、これまでは。でも、昨年は“最後の紅白”ということで、初めてNHKホールに来てくれた。彼女にとっても“最後の紅白”ですから、きっと寂しさもあったでしょう。番組終了後、楽屋に来て、涙を流しながら『パパ、よく頑張ったね』と……」

 初心の思いを叶えてから50回。紅白の舞台は、北島さんにとって、夢であり、大切な宝だ。

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