みちょぱ母の壮絶な過去が話題。苦難を生き抜いた芸能人5選、貧困・いじめetc.

女子SPA! / 2019年3月20日 8時47分

(画像:みちょぱ(池田美優)Twitterより)

 モデルの“みちょぱ”こと池田美優の母が話題になっています。

 3月11日放送の『人生が変わる1分間の深イイ話』(日テレ系)に親子で出演。みちょぱそっくりの美しい外見もさることながら、同じ男性と2度離婚し34歳でシングルマザーに。

 複数の仕事を掛け持ちし、ときに借金をしながら女手一つで子ども二人を育てました。仕事よりもみちょぱの反抗期と向き合うのが大変だったと言い、ときには殴り合いのケンカに発展したことも。

 そんな母を見てみちょぱは「尊敬する人ってあまりいないけど、唯一ママは尊敬している。何もツラいところを見せずに一人で頑張ってくれていた」と番組内で語っていました。

 メディアでは笑顔を見せていてもその過去は実は“壮絶”だった――。そんな芸能人がほかにもいました。

◆ムロツヨシ 両親離婚で親戚に引き取られるも、親戚は父の借金保証人で自己破産

 4歳で両親が離婚。父親に引き取られるも、ムロと5歳上の姉を残し父親は新しい女性のもとへ行ってしまい、以来親戚に育てられました。

「子どものころはお調子者でした。親戚に育てられたのでそれが生きる術だったんです。嫌われたら生きる場所がなくなってしまうという防衛本能だったんです。それに家庭内で不幸じゃないとアピールしなきゃならなかった。預かってくれているわけですから」(18年10月7日付『日刊スポーツ』より)

 またムロは東京理科大に進学していますが、退学。その理由について『婦人公論』(15年10月13日号)で「親戚にアクシデントがあり、経済的にひっ迫したことも辞める一因になった」と告白しています。その親戚は父親の借金の保証人になったばかりに自己破産してしまったと、15年放送の関西ローカル番組で語っていました。

 テレビで見せるひょうきんなキャラクターは作られるべくして作られたようです。

◆渡辺直美 中学でひどいイジメ

「『殺しちゃえばいいか』と言われ、耐えきれなかった」

 中学時代にイジメを受けていたお笑い芸人の渡辺直美は、16年放送の『7時にあいましょうSP』(TBS系)で当時をこう振り返りました。

 上履きに「死ね」と落書きされたりテストの結果を見世物のように扱われたりするだけでなく、「髪の毛を全部抜いてやる」など大声で悪口を言われていたそう。人間不信になり学校を休みがちになりました。

 このとき唯一の相談相手である友人にモノマネを披露しており、それを褒められたことが芸人を志すキッカケになったと言います。ムロ同様、現在の姿からはツラい過去があったなんて想像がつかないですね。

◆風間トオル 両親離婚で祖父母に育てられた「貧乏はツラいけど不幸じゃない」

 モデルとしてデビューし、その後俳優に転身した風間トオル。その端正なルックスからは想像がつかないほど幼少時代は凄まじいものでした。

 5歳で両親が離婚し、父方の祖父母が親代わりに。しかし年金暮らしのためお金に困っており、ひもじい思いをしていました。そこで公園や河原で食べられる草花を探し、紫色のアサガオが美味であることを発見。またカマキリの足をかじったり、新聞紙を口に入れたりしたこともあったそうです。

 さらに祖母はお人好しで、知らない人にもご飯をご馳走することがあったそう。また家に行商が来たときには、苦労している姿を不憫(ふびん)に思い商品を全部買い取るということもしていたそうです。

「貧乏はツラいけど不幸じゃない」。16年に『ビンボー魂』(中央公論社)を上梓した際にそう語った風間。この強さが現在の芸能活動に生きているのかもしれません。

◆アンミカ 家族7人で人の家の2階の四畳半を間借り

 同じく幼少期に貧困を経験したのがモデルのアンミカ。家族7人で四畳半の部屋に住んでおり、しかもその部屋も他人の家の2階を借りたものだったそう。18歳まで風呂付きの家に住んだことがなかったことも告白しています。

 高級だったフルーツは近所の青果市場に捨ててあるものを拾って食べ、病院に行ったこともない。地元・大阪にいたときはモデル業のかたわら新聞配達に精を出す。パリコレに出演し、製作会社社長を夫に持つ人物の過去としては驚きです。

 しかしアンミカ自身は「貧乏が恥ずかしいと思ったことはない」そう。愛情深い家庭で楽しく生活をしていたので苦労はなかったとバラエティ番組やインタビューなどで語っています。あれだけエネルギッシュで笑顔あふれているのは愛されて育った証拠ですね。

◆後藤真希 ひとり親家庭で自身も家計の担い手

 現在、自身の不倫で、夫が元恋人男性を相手取り、330万円の損害賠償を請求する民事訴訟を起こしていることで話題の後藤真希。

 彼女は、中学2年生で「モーニング娘。」としてデビューしています。11歳のときに父親が事故で亡くなった後は、母親が4人の子どもを育てており、後藤も早くから家計を支えてきました。

 家族の絆が強いことで有名な家族を悲劇が襲います。06年、母親が自宅で転落死。第一発見者は後藤でした。

「友だちみたいなお母さん。思いっきり顔面を3発殴られたときは頭が真っ白になりましたけどね」。昨年放送の『ノンストップ』(フジテレビ系)で母親との思い出を語った後藤。母の死を乗り越えて、たくましく生きています。

<文/女子SPA!編集部>

【女子SPA!編集部】
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