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藤原竜也、四十代で「異常」なピュアさ!広瀬アリスのほうがお姉さんのように見えるシーンも/『ゼンケツ』最終回

女子SPA! / 2024年12月18日 15時46分

このときの藤原竜也の芝居は見どころである。ヒルコと神の戦いや人類は選別されてしまうのかという切迫した問題をさしおいて、興玉と小夢の人間らしい(神だけど)のシーンが胸に迫る。

◆四十代でこれほどのピュアさが出せることがまさに神技

藤原竜也といえば、『バトル・ロワイアル』『デスノート』等代表作を多く持つつ俳優で、モノマネタレントによくネタにされる主演映画『カイジ』の「キンキンに冷えてやがる」(労働のあとビールを大喜びで飲む場面)をはじめとした過剰すぎて笑いに転じてしまうパフォーマンスに定評がある『ゼンケツ』最終回のエモさも、過剰過ぎるほどエモい。

なにがすごいって、四十代でこれほどのピュアさが出せることがまさに神技なのである。四十代だって五十代だってピュアさはあるし、年齢は関係ないとはいえ、どこか渋みが滲(にじ)むもの。藤原に渋みがないということではなく、十代、二十代の一番搾り的なピュアさをいまだに出せるのが稀有(けう)であるということなのだ。

◆20年経過しても「異常」なほどピュアな雰囲気を発揮

若い頃、等身大の繊細な心の震えを武器に人気を獲得する俳優は少なくない。藤原も十代のとき、デビュー作である舞台「身毒丸」で等身大の少年らしさを存分に発揮していたし、二十代では「ロミオとジュリエット」(04年)で恋する少年をハツラツと演じていた。

とりわけ印象的なのは「ハムレット」(03年)で、本当は愛しているにもかかわらず邪険(じゃけん)に扱った恋人オフィーリアが亡くなり、その亡骸をそっと抱きしめ嘆く藤原の姿は名場面である。

本当ならオフィーリアの兄にかけるセリフ「おれはオフィーリアを愛していた」を亡骸に向けて語りかけたのは藤原の判断だったという。思わず目の前の恋人に言葉をかけてしまうというのがとてもいいなと筆者は思ったものだった。

このとき、「ハムレット」も「ロミジュリ」も、相手役は鈴木杏で、あれから20年経過したいま、「ゼンケツ」での相手役は、鈴木と同じ事務所の後輩の広瀬アリスである。鈴木よりもさらに年下の相手役とピュアな感情の交換を演じても、まったく違和感がない。むしろ、広瀬のほうがお姉さんのようにも見えるのだ。

最終回では、二十年前に見た『ハムレット』と同じような感動を覚えた。四十代になっても繊細な叙情的な透明感――一言でいえばピュアな雰囲気を発揮できるのはドラマ的にいえば「異常」(いい意味で)なほどである。

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