老人ホームの入居者は「人生の負け組」か? 元介護職員が明かすホームのリアル

週刊女性PRIME / 2019年5月4日 17時0分

※写真はイメージです

 老人ホームの内側を詳細に描き出し、話題を呼んでいる『老人ホーム リアルな暮らし』(祥伝社新書)。著者である小嶋勝利さんは、大小さまざまな老人ホームに介護職員や施設管理者として勤務した経験を持ち、現在は民間介護施設紹介センターの経営に携わっている。著書を通して、高齢者やその家族に老人ホームへの正しい理解を深めてほしいと力説する。

老人ホームに入居する人は、人生の負け組なのか?

「老人ホームなんか入りたくない」と考える人たちは、老人ホームという存在をいったい、どのようにとらえているのでしょうか。

 老人ホームに入るということは、人生の負け組? 老人ホームに入居しなければならない高齢者とは、自分の子どもたちから支援を受けることができない気の毒な高齢者、というイメージを持っている人がいます。平たくいうと、子どもたちに見捨てられた高齢者ということにもなります。

 たしかに、老人ホームに入居する高齢者の中には、このような側面を持っている人も存在します。しかし、彼らの多くは、自分の意思で老人ホームに入居を決めています。子どもから見捨てられたのではなく、子どもには子どもの人生があり、自分には自分の人生があるといった、自立した高齢者がほとんどです。

 以前、私が老人ホームへの入居相談を通して、子どもがいない高齢者の相談を受けたときの話です。老人ホームに入居するには「身元引受人」の選任が欠かせません。呼び方は会社ごとに異なりますが、要は、老人ホームの家賃などの月額利用料などの支払いに関する連帯保証と入院や手術時などの同意、さらには亡くなったときの遺体の引き取りを義務づけられる人の選任をいいます。

 多くの入居者は、子どもを選任し、子どもも無条件で引き受けるケースが多いのですが、子どものいない高齢者の場合、引き受け手がいないのが現実でした。兄弟は、同じように高齢化しており、保証能力はありません。友人も同じです。多くの財産を持っている高齢者であれば、甥(おい)とか姪(めい)という立場の人、つまり相続人がその役割を果たしますが、そうでなければ、なかなか承諾を得るのは難しいのが現実です。まれに、組織の長として長年尽力してきた高齢者の場合、その組織がすべてを引き受けてくれるケースもありますが、これは異例中の異例です。

 というような現実から、子どものいない高齢者の場合、身元引受人を選定することは容易ではありません。そこで、専門家に依頼し身元保証に関する商品を作ってもらい、引き受けを実現させたことがあります。そのとき、想定外のことが起こりました。

 それは、子どものいないひとり高齢者を対象にした商品にもかかわらず、ニーズのかなりの部分を子どもがいる高齢者が占めたのです。要は、「子どもはいるが、子どもの支配下に入るのは嫌だ。だから、老人ホームに入居した後も、子どもとは一定の距離をおいていたい」というニーズなのでした。もっと言うと、自分の財産を自分がどう使おうと子どもにとやかく言われるのは嫌だ、という高齢者が想定外に多かったのです。

 つまり、子どもの世話にはなりたくない、子どもから生活に関する支配を受けたくない、自由に暮らしたい、という高齢者は、みなさんが考えている以上に存在しているということではないでしょうか。家族仲よく3世帯同居の大家族。このような生活スタイルが高齢者の幸福であるというのとは違う価値観も多くあるのです。

老人ホームでの生活は、プライバシーがない?

 老人ホームでの生活は、プライバシーがなく、人やルールから束縛される生活。そう感じている読者も多いと思います。

 多くの老人ホーム否定派から発せられる話の中には、「拘束されるのは、まっぴらごめん。自由に好きなように生きていきたい」と言います。たしかに、老人ホームでの生活は、老人ホームの都合に支配されるケースが目立ちます。

 特別養護老人ホームや介護付き有料老人ホームの場合は、このことは顕著に表れます(詳細は拙著『誰も書かなかった老人ホーム』参照)。食事時間や入浴時間など一日のイベントの多くは、ホーム側の都合で決定され、入居者はその都合に合わせなければなりません。

 そうはいっても、荒唐無稽な時間帯にイベントが設定されているわけではないので、ホームの都合に合わせることは、今まで普通の生活を送ってきている人にとってはストレスにはなりません。私も経験がありますが、作家の入居者などの場合や、昼夜が逆転して生活をしている人などの場合、介護付き有料老人ホームでの生活は慣れるまでには苦労をしそうです。

 ここで読者のみなさんによく考えてほしいのは、プライバシーの侵害と安全安心の確保は両立させることが不可能に近い、という事実です。多くの老人ホームの運営方針は、入居者の安全安心を最優先させることにあります。安全安心を最優先するためには、個人のプライバシーは、一定レベルで犠牲になるのはやむをえないことだと思います。

 その昔、私が働いていた老人ホームは、ホーム内のすべてのところに監視カメラ(当時は「見守りカメラ」と言いました)を配置し、職員が業務を行う管理室で一元監視をするスタイルをとっていました。当然、全居室内もモニターできます。この見守りシステムのおかげで、入居者や家族に絶大なる信頼を得、高水準の入居率を誇っていたのも事実です。働く介護職員側も、このカメラのおかげで心配事を軽減することができました。

 例えば、人手が極端に少なくなる深夜帯などで心配な入居者がいる場合などは、カメラの設定を変えて、重点的にその人のモニタリングで様子を観察することが可能でした。つまり、カメラの存在は、職員ひとり分程度の労力を持っていたと思います。多くの入居希望者やその家族に対し、このカメラ監視の仕組みを説明すれば、「入居させてください」「母をお願いします」と言われたものでした。

「プライバシーの保守」と「安全安心」は両立できるのか

 しかし、時代の流れとともに個人のプライバシーに関する認識が変わり、保険者である行政からは、「このカメラは入居者のプライバシーを侵害している」と言われ始めました。当時、私は、本社スタッフとして行政と協議をしていましたが、行政からは「入居者全員から同意書をもらうこと」という条件をつけられました。

 運用上、当初から、本人および家族からの同意書は存在しています。特に自立系の入居者の場合、居室内のモニタリングを希望されない入居者の場合は、当然カメラは居室には設置していませんでしたが、行政の要請は、全入居者つまり、認知症の入居者、寝たきりの入居者、すべての入居者から本人が署名した同意書をとらなければ許さないという指示だったのです。

 当たり前のことですが、重度の認知症の入居者にカメラの話をしても、話は理解できません。ご家族に対し、行政の指導なので……と言うと、多くの家族は怪訝(けげん)な顔をしながら、「とにかく、今までどおりモニタリングを継続してほしい」と言って、自分の認知症の親に対し、書類にサインをするように求めていたことを思い出します。数年後、結局カメラは「不適切だ」という理由で、全ホームからはずされることになりました。

 介護とは、個人のプライバシーに対し、ずかずかと土足で踏み入らなければできない仕事です。つまり、プライバシーを守りながら責任ある介護を行い、「安全と安心を守ることはできない」ということを理解する必要があります。個人のプライバシーに対し、ずかずかと立ち入るのであるからこそ、そこには礼儀があり、人のことを考える「思いやり」が求められているはずです。介護業界はよく「お節介」をすることを求められますが、お節介とは、節度のある介入と訳すはずです。

 しかし、今の介護業界、老人ホーム業界に突きつけられているテーマは「入居者の安全安心は確実に確保しなさい。ただし、個人のプライバシーを侵害してはいけません」ということです。そんなことができる仕組みは、はたして存在するのでしょうか? 今の報酬体系(もっと多くの報酬を払えば話は別ですが)のもとに勤務している介護職員に対し、そこまで求めることに経済合理性はあるのでしょうか。私はないと思います。つまり、無理だということです。

 老人ホームの大きな流れとしては、入居者の安全安心の確保には目をつぶり、個人のプライバシーの確保に対し一所懸命なホームと、昔の私たちのように機器を活用して(当時はカメラ、今はAIやIoTの活用)、安心と安全を確保しながら、プライバシーの確保の両立を目指すホームとに分かれています。

 いちばん重要なことは、介護という仕事は、「けっして傍観者になってはいけない」ということです。老人ホームなどを訪問すると、「入居者と寄り添う介護」をテーマにしているホームが多くありますが、入居者と寄り添うということは、傍観者ではなく当事者として入居者やその家族と対峙(たいじ)することだと、理解しなければなりません。プライバシーの侵害と介護支援との関係は、読者のみなさんが考えている以上に、実は重要で難しい問題なのだということをご理解ください。


<プロフィール>
小嶋勝利(こじま・かつとし)
1965年、神奈川県生まれ。長年、大小さまざまな老人ホームに介護職員や施設管理者として勤務した後、民間介護施設紹介センター「みんかい」の経営スタッフとなる。「みんかい」は、相談者に見合う老人ホームを斡旋する国内最大級の組織である。老人ホームの現状と課題を知り尽くし、数多くの講演を通じて、施設の真の姿を伝えることを使命として活躍。祥伝社新書に『誰も書かなかった老人ホーム』がある。

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