松田聖子と中森明菜、スキャンダル続きの「90年代」に実はすごく“進化”していた!

週刊女性PRIME / 2020年10月10日 18時30分

(写真左から)松田聖子、中森明菜

 2020年、松田聖子がデビュー40周年記念アルバム『SEIKO MATSUDA 2020』を発売。オリジナル作としては1996年の『Vanity Fair』以来、24年ぶりにオリコンのアルバムランキング週間TOP3入りを果たした。本作は『瑠璃色の地球』や『赤いスイートピー』などの名曲をリメイクしつつ、37年ぶりとなる財津和夫とのタッグ曲『風に向かう一輪の花』などの新曲も収録したアルバムで、その現役ぶりを見せつけた。

 その聖子とともに'80年代の音楽シーンを大いに盛り上げたのが、中森明菜だ。当時は現代のように、大物アーティスト同士が発売日をずらすといった忖度(そんたく)があまりない中で、聖子はシングルが24作連続でオリコン1位、明菜も’89年までにシングル19作品で1位を獲得。しかも、瞬発的な週間1位にとどまったのではなく、'80年代の年間シングルTOP10を見ると、聖子が5作、明菜は12作もランクインしている。名実ともに「日本を代表するアイドル」だったと言えるだろう。

聖子&明菜、翻弄された'90年代

 そのわりに、'90年代においては、聖子と明菜が音楽的に注目されることは少ない。彼女たちを特集する多くのメディアでも、この年代に関しては聖子が『あなたに逢いたくて』('96年)で初のミリオンヒット、明菜はカバー・アルバム『歌姫』('94年)がブームのパイオニアになった、などとひと言添えられる程度だ。

 だが、長年のファンの方ならおわかりのように、実際には2人とも'80年代だけではなく、この'90年代を乗り越えたからこそ、'00年代以降も活躍できたのだろう。そこで、聖子と明菜が時代の荒波にもまれながらこの10年間をどのように闘ってきたか、改めて振り返ってみたい。

 まず、’90年代は2人とも、スキャンダルやトラブルにもっとも翻弄(ほんろう)された10年間だったと言える。聖子は、語学教師との熱愛やダンサーへのセクハラ疑惑、神田正輝との離婚と翌年の歯科医師との再婚、そしてその2年後に再び離婚と、恋愛スキャンダルが多い。近年の穏やかな笑顔とは程遠く、当時は“魔性の女”といったイメージで頻繁に報道された。

 一方、明菜のほうは'89年7月に当時の恋人・近藤真彦の自宅で左手を切った自殺未遂騒動を経て、年末には近藤も同席し異例の謝罪会見(いわゆる“金屏風前会見”)を行った。'90年代に入った後は所属事務所との契約トラブルや間に入った自称ディレクターによる告発本の発売、さらに'99年には所属レコード会社から引退勧告を受けるなど、こちらはビジネスがらみのスキャンダルが音楽活動をも妨げている感じだった。

 今となっては、どこまでが事実でどこからが憶測による捏造(ねつぞう)なのか見当がつかない。ただし、上述の自称・明菜のディレクターだったという女性は著書にて、'91年のシングル『二人静』については“出荷”枚数(実売よりも多い)を記し、それを次のシングル『Everlasting Love』の “実売”枚数と比較して、いかにセールスを落としたかをわざと強調して書いていた。これを見る限り、彼女は明菜を思いやったのではなく、単に富や名声にあやかりたかったのだろうと直感した。きっと、聖子にもそういった思惑で近づいた輩(やから)が少なからずいたのだろう。

 重要なのは、これらのスキャンダルに対し、2人が音楽で奮闘したということだ。

転んでもタダで起きない'90年代の聖子

 まず、聖子は'90年にアルバム『Seiko』で全米デビューを果たした経験から、作詞や作曲にも積極的に関わるようになり、自立心が強く自信に満ちた歌詞や、それまで以上に華やかでゴージャスなサウンドの楽曲が増えた。'92年、5年ぶりに30万枚超のヒットとなったシングル『きっと、また逢える…』を発売して以降、ドラマティックなバラードが彼女の定番となり、'96年の『あなたに逢いたくて』におけるミリオンセラーにつながっていく。

 聖子は'89年にサンミュージックから独立しているが、'90年代にも前述の『きっと〜』やその翌年の『大切なあなた』が本人主演のドラマ主題歌になるなど、より踏み込んだタイアップを増やしていく。『ザ・ベストテン』や『ザ・トップテン』『夜のヒットスタジオ』などの主要音楽番組が軒並み終了してしまったことで、'90年代音楽のヒット構造が激変したわけだが、そこに当時、大手事務所に所属しドラマ出演をフックに楽曲のヒットを維持していた小泉今日子や中山美穂らに負けじと食らいついていったのがすごい。

 ちなみに、'90年代の聖子で『あなたに逢いたくて』に次いで2番目に売れたのは、'94年発売の『輝いた季節へ旅立とう』だ。オリコン最高12位とTOP10入りせずも、年間94位、累計売上は約37万枚というロングヒットに。カラオケでは年間18位とさらに人気で、《思い切り伝えたい あなたへのこの想い~》と、聖子よろしく勝気な笑顔で歌った女性も多かったのではないだろうか。

 さらに、追いかけるマスコミを逆手に取ってプロモーションに活用した。'96年末にシングル『さよならの瞬間』を発表した後に神田正輝と離婚。しかし、その3か月後にはシングル『私だけの天使~Angel~』を発表し、娘の沙也加に向けた愛情をリンクさせ、離婚のマイナス・イメージを一掃する。さらに、「会った瞬間ビビビッときた」ことから一般男性と再婚、ほぼ同時期にアルバム『Forever』を発表し幸せぶりをアピール。果敢に挑み続ける海外進出を含め、転んでもタダで起きないのが'聖子だ。

 その一方で、'99年末にアルバム『永遠の少女』を発表している。これは、'80年代を支えた松本隆が11年ぶりに多数の作詞を手がけ、かつての情緒的な楽曲がそろっていてコアなファンに人気の作品だ。セルフプロデュースだけに固執しない聖子の姿勢が、以降のYOSHIKIや竹内まりや、そして31年ぶりとなった松任谷由実からの楽曲提供にもつながったのではないだろうか。

 対する明菜も'90年代は、'80年代とは異なる作家やミュージシャンと新たにタッグを組んでいく。その代表作が、'93年のアルバム『UNBALANCE+BALANCE』に収録された『愛撫』だ。本作は、作詞を松本隆、作曲を小室哲哉が担当。翌年以降、TRFや篠原涼子、globe、安室奈美恵、華原朋美などを次々とプロデュースし、時代の寵児(ちょうじ)となった小室が得意としたのは高音ボーカルだったが、明菜は彼女たちとは対照的な低音ボーカルで小室サウンドに挑んだ。テレビ番組で《Lonely Night 人は孤独な星 Lonely Night 瞬いて消える~》と大きく手を振りながら、ビートに乗って妖(あや)しく歌う姿に「キター!!」と感じた人も多かったのではないだろうか。

『愛撫』と『帰省』、2つの名作が誕生

 その結果、アルバム曲ながら有線やカラオケでヒットし、その評判を受けて翌'94年には両A面シングル『片想い/愛撫』としてリカットするほどに。特に、有線では'93年の年間53位、'94年に65位と2年にわたって人気を博した。'80年代にも年間TOP10作が8作とメガヒット・アルバムが大量にある明菜だが、'93年の『愛撫』はアルバム曲として明菜最大のヒットとなった

 '90年代は、この低く響く地声のほか、優しく繊細な裏声まで響かせるようになる。この裏声でのふわっと力を抜いた歌唱だからこそ、カバー・アルバム『歌姫』は、明菜のオリジナル曲とは別次元で各方面から評価されたのだろう。音楽情報誌『CDでーた』では当時《オリジナル以上に『女性・中森』がじっくり味わえるできである》と紹介されている。

 また、明菜も'92年に連続テレビドラマに進出。安田成美とのW主演だった『素顔のままで』は、口は悪いが世話好きで心優しい女性という絶妙な役を演じ、平均26.4%、最終回31.9%と、当時としてもかなりの高視聴率を記録。さらに主題歌の米米CLUB『君がいるだけで』も約290万枚というメガヒットとなった。このとき、明菜も他の女性歌手のように、挿入歌なりイメージソングなり、ドラマに絡めて発売できていたなら、'90年代の彼女はいくぶんスムーズに活動できたのかもしれない。

 トラブルに巻き込まれた10年間の中で、無事に主演ドラマと主題歌を手がけたのが、'98年の『冷たい月』。夫の自殺とそのショックによる流産から、不幸のキッカケを作った女性への復讐を企(くわだ)てるというサスペンスドラマだったが、当時の明菜がまとっていたダークなイメージも相まって見事にハマり、また、高い演技力も見せつけた

 ドラマの主題歌となった『帰省~Never Forget~』で、地を這うように歌う出だしから始まり、サビで《せめて今を恥じないで 負けないで生きている》と絶唱する様子は、まるで命を削るかのようなすごみがあった。模索し続けた10年間だったが、前述の『愛撫』とこの『帰省』の2作が生まれたことだけをとっても、決して無駄ではなかったと言えるだろう。

 このように'90年代の聖子と明菜は、それぞれの道を模索して'00年以降の活躍につなげた。より“人間味”が強く現れた作品が多い10年だったとも言えるだろう。

 余談だが、'05年にダウンタウンが司会を務めた音楽バラエティー番組『HEY!HEY!HEY!』の放送で、聖子と明菜がボウリング対決するといった夢のような企画があり、常に比較されてきた2人がはしゃいでいる姿がとても印象的だった。あんなふうに無邪気に共演する2人を、いつの日かまた見てみたい。

(取材・文/人と音楽をつなげたい音楽マーケッター・臼井孝)

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