森且行が「日本一のレーサー」に、実父との夢に“直談判”した中居正広との約束

週刊女性PRIME / 2020年11月5日 6時0分

1996年5月7日、森且行の退所会見に立ち会った中居正広

「やっと約束が守れてよかった。仲間とファンの皆さんと、一番応援してくれた親父に伝えたい」

 11月3日、埼玉県川口市の川口オートレース場で開催された『SG 第52回 日本選手権オートレース』で、初優勝を決めた森且行。今年の“レーサーNo.1”を決める大舞台でついに勝利を掴み日本一となった森は、感慨深げに答えたのだった。

 この快挙に稲垣吾郎、草なぎ剛、香取慎吾は連名で、

《念願の日本選手権での初優勝、おめでとう(略)森くんが夢を叶える事が出来、僕たちも本当にうれしいです》と祝福。

 木村拓哉も《それぞれの選んだ道で、それぞれが掴むもの。今後も健闘を祈ります》と事務所を通じてコメントすると、中居正広も、

《森〜っ! おめでとう! やったなぁ。長かったなぁ。大きなケガもしたなぁ。諦めなくて良かったなぁ。とにかく中居もうれしいぜ〜!》

 と、森のSMAP脱退、ジャニーズ事務所退社前にメンバーの誰よりも話し合いを重ねたリーダーらしい祝辞だった。

中居が森に電話していた

 森が夢だったというオートレーサーに転身するためにSMAPを去ったのが1996年のこと。中居らメンバーや事務所スタッフに内緒で1995年12月にオートレース選手養成所に願書を提出し、まだ芸能界を“やめる、やめない”と悩んでいた矢先に、2次試験合格発表が新聞上で報じられてしまったのだ。当時の成り行きを知る芸能関係者が明かす。

「マネージャーや事務所の幹部はカンカンで、賛成するものは誰1人といなかったのは当然のこと。その中で1996年の2月ごろ、中居は森に“おい、ちょっと待てよ”と電話をして気持ちを確かめ、さらには彼の父親にまで“どういうことですか?”と電話をかけたのです。

 森は父子家庭なのですが、そこで聞いたのは“これが且行の小さい頃からの夢。最後のわがままを見守ってほしい”と、息子の幸せを一心に願うお父さんの気持ちだった。父子の覚悟を知った中居は“寂しいけども気持ちよく送ってあげたい”と、メンバーらに事情を説明して、説得したのです」

 とはいえ、まだ気持ちの整理がつかない者、納得いかない者もいた。結局、1996年5月7日に行われた退所会見には中居1人が立ち会うことになったのだが、森は最後に5人とこんな約束を交わしていたのだという。

「アイドル、オートレーサーと進む道は違うけどお互いに日本一になろう」

 その後のSMAPといえばご存知の通り、誰もが知る国民的スターに上り詰めた。一方の森はというと、メキメキと頭角を現してトップレーサーの仲間入りこそ果たすも、肝心の全日本選手権だけは勝てずにいた。その一方で、オートレース界を盛り上げる“シンボル”としてトークショーやテレビに出演する機会も増えていた。

「必然と、周囲からは『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)への出演をすすめられていたようですが、森くんが“まだ僕が日本一になっていないので、そこ(SMAP5人との共演)は考えられません。約束ですから”と。番組としては盛り上がるから“いいじゃん”なんですけども、とにかく真面目で律儀というか(苦笑)。結局、共演叶わずにSMAPのほうが解散となったわけですが」(テレビ局関係者)

 24年の歳月こそ流れたものの、ついに「日本一になる」約束を果たしあった6人。では今後、彼らが再会する日は来るのだろうか。

「SMAPが解散した12月31日、都内の焼き肉店にはキムタクを除く5人が集まり、翌年11月には香取ら『新しい地図』が、森に会いにレース場を訪ねる企画も実現しました。今回も、全員が森にコメントしたことからNGというわけではないでしょう。

 問題は、昔とは違ってメンバーは“それぞれの道”を歩んでいて、『スマスマ』のようなきっかけとなる番組もない。でも、5人から好かれ慕われた森のお祝いとなれば……、それが何らかの形で番組になるのか、それともプライベートになるのか、一同が再会する可能性はあると思います」(芸能プロ関係者)

 その際にはぜひ、ファンにもお披露目してほしい。

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