骨髄提供を語る木下ほうか「大したことではないのに、誰かが死ぬほど喜んでくれる」

週刊女性PRIME / 2021年1月17日 12時0分

インタビューに答える木下ほうか 撮影/佐藤靖彦

 個性的な役柄で、数多くのドラマや映画、バラエティー番組で幅広く活躍する人気俳優の木下ほうかさんに「50代からの生き方」を聞くロングインタビュー。先にお届けした【前編】では、「50歳でのブレイクについて」「人生を変えたバイクとの出会い」「結婚観」などについて、率直に話してくれた。【後編】では、「繊細すぎる性格」「死生観」についてなど、さらに“根掘り葉掘り”聞かせていただきます。

死んだら自分の身体はどうでもいい

 木下さんといえば、骨髄ドナーとして骨髄提供をしたことでも知られている。40歳のときに骨髄バンクにドナー登録をしたきっかけは、意外にも「好奇心でやり始めたこと」だという。

最初は“献血”です。“献血”ってどんなものなのかやってみたら、せんべいやドーナッツをもらえるし、献血ルームの居心地がすごくよくて、休みや撮影の合間に“献血”に行くようになりました。そこに『骨髄バンクのドナー登録にご協力をお願いします』というポスターが貼ってあったんです。

 でも、“献血”のようには簡単には手を出せないことだなと思って、深く考えないようにしていました。しばらくしてちゃんと調べたら、不安も解消されたのでドナー登録をしたんです」

 登録してから5年後にドナー適合通知が届いて、骨髄提供を決意した理由は「後ろめたさ」なのだとか。

「別に言うほどたいした思いではないですが。なぜ提供することにしたかというと、それまで生きてきて日々暮らしてきた中で、人にキツイことを言ってしまったり、子どものころからいろいろ悪いことをしてきたことに、どこか後ろめたさがあって。それが理由かもしれません。

 僕にとっては、手術の痛さも時間を取られることも大したことではないんです。それで誰かが死ぬほど喜んでくれる。患者さんとっては命に変わるんです。移植する側と移植される側のバランスが全然違うんですよね。この作業は面白いと思いました

 木下さんの考え方は驚くほど合理的だ。

僕は臓器提供にも興味があります。ただ、すでに検体登録もしているので、臓器提供ができないんですよ。両方はできないので、死んだときの身体の状態で使い道を決めてもらえればいいんじゃないかと思ってます。宗教観もゼロですし、死んだら自分の身体はどうでもいい。

 もし僕に子どもがいて、その最愛のわが子が亡くなっても、子どもの一部だけでも誰かに使われることに賛成です。もちろん価値観はさまざまですから反対の方もいらっしゃると思いますが、僕は細胞の一部がどこかで生き続けるほうが、うれしいんじゃないかと想像します」

 今、生き方でいちばん大切にしていることを尋ねると。

「なんでしょうね……。実はなんでもいい。信じさせてくれるなら宗教に入信もしますし、柔軟でいたいです。僕は、ものすごく矛盾している矛盾人間なんです。こだわりがあるわりにどうでもいいし、神経質なわりに無神経だし。ただ、理屈が通らないと感じたことをおかしいと思うだけです。納得できるなら、小さなこだわりも曲げられる。よくインタビューで好きな女性のタイプを聞かれますけど、好きになったらその人色に染まりますから。柔軟に魂売ります(笑)」

傷つきやすいし、傷つけやすい

性格は繊細です。つい、いろんなことが目についてしまうんですよね。話している相手が“退屈されているな”とか、飲みに行っても“帰りたがっているな”とか感じちゃうので、単純で鈍感だったらよかったのにと思うこともあります。それで打たれ弱いから、例えば、仕事で意見の相違があってもめたりすると、“言いすぎたな~”と落ち込むんですね

 その繊細さが生きづらい反面、俳優という仕事だからこそ役立っている面もある。

「対人間と演劇をやることにおいて、細かいことを表現したり読み取ることは、演技には重要だと思うんです。だから、傷つきやすい、傷つけやすいという性格が活かせる。僕の場合は、この仕事じゃなかったら自殺していたかもしれない

 俳優になって40年あまり。出演作品は300作を超える。しかし「芝居は好きだけど、楽しいとは思っていない」という。

作品を作るという苦しみのほうが多いです。できあがった作品を見て、“もう一回やれたらもっといいものができるのに”と思いますし、後悔だらけですから。いつもクヨクヨしています。

 俳優を職業に選んだことに後悔はないですが、もしタイムマシンで戻れるなら、中学生からやり直してちゃんと勉強して、公務員になりたい(笑)。これも矛盾してますけど、安定して働ける職業について、結婚して子どもをつくって家族を持つという人生もあったなと。人生これでよかったのかなと、ときどきふと思うことはありますね

人生100年時代。こんな恐怖はない

「日ごろから、健康には気をつけています。基本的に電車移動ですし、エスカレーターはできるだけ使わないで階段を利用しています。極力歩くことにしているので、最寄り駅の3駅前で降りて歩いて帰るとか、そういう努力はしていますね。不安は腰痛と痔(じ)くらいです(笑)」

 50代になってからは「死に対する意識が変わってきた」と明かす。

「自分もいつ死ぬかわからないし、死が身近な年代になってきたと思う。でも、若いころのような年をとる恐怖や、死への恐怖心はなくなってきました。今、いつ死んでもいいなって思えてます。今まで十分にやってきましたし、妻も子どもいないから、責任なく死ねるわけです。

 逆に下手したら、この先30年……もっと生きる可能性もあるし。元気だけどバイクにはもう乗れなくなって、そして孤独だったらって考えるとぞっとする。人生100年時代。こんな恐怖はないですよね

取材・文/井ノ口裕子

〈PROFILE〉きのした・ほうか 1964年1月24日、大阪府出身。1980年公開の映画『ガキ帝国』で俳優デビュー。数多くのドラマや映画、バラエティー番組などで幅広く活躍。俳優業のほか、映画製作活動の場も広げている。現在、映画『無頼』『レディ・トゥ・レディ』『大コメ騒動』が全国公開中。
◎公式ブログ「ほうか道」http://www.diamondblog.jp/official/houka/

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