「ああ、終わったな…」自分の首に検査器を当てて病変発見、がん治療医ががんになってわかったこと
週刊女性PRIME / 2024年4月13日 16時0分
外科医として多くの手術を行い、現在は愛知県でクリニックを開業している小林正学先生(48)。実はがんサバイバーであり、“がんになったがん治療医”としてさまざまな情報発信を行ってきた。がんを宣告された医師は、いったい何を思い、どんな行動を選択したのか。
自分で見つけた甲状腺のがん
「2019年3月に系列のクリニックが閉院し、行き場を失った超音波診断装置を名古屋にある私の前職のクリニックが引き取ることになりました。
到着後、きちんと動くか動作確認のため自分の首に検査器を当てると、白く石灰化した病変が見え、外科医のころに見慣れた甲状腺がんだとすぐにわかりました」(小林先生、以下同)
さらに検査器を当てると、周囲にはたくさんのリンパ節への転移があり、肺の間の縦隔にまで達していることもわかった。短期間にできたがんではないようだった。
「まさか自分ががんになるなんて……と絶句しました。キーンと耳鳴りがして目の前が真っ白になり、崩れ落ちそうになりました。夢であってほしいと頬を叩きましたが目が覚めるわけもなく、現実を受け入れて死を覚悟しました。
正直、ああ、終わったな……と思いました。まるで人生の敗北者のように思えて、絶望したんです。
でも、それまで仕事がかなり忙しかったこともあり、これでようやく休めるんだ、という安堵に似た感情が湧き上がってきたことも覚えています」
その日のうちに甲状腺を専門とする診療所を受診すると、自分の見立てどおりに甲状腺がんと宣告された。
甲状腺がんの多くは進行が遅いため、手術のために紹介された大学病院で、「ここまで進行しているケースは珍しい、手術も厳しいものになる」と告げられたという。
「手術の時間は12時間で、2~3割の確率で声が出なくなること、甲状腺の近くを走っている反回神経という神経を巻き込んでいた場合は、がんを切除せずに気管切開だけで手術を終えると説明を受けました。これには言葉を失いましたね……」
結果、手術は予定より早く8時間で済んだが、リンパ節転移は35個もあり、高い確率で再発すると告げられた。首の傷痕は20cmに及び、術後はICU(集中治療室)で2日間過ごした。
「麻酔から覚めて執刀医の話を聞き、繊細な手術をしてもらったことがわかって本当にありがたかったです。現在は切除した甲状腺の機能を補うためのホルモン剤を飲んでいます。一生飲み続けないといけませんが、幸い、定期検診で再発は見つかっていません」
小林先生は自分ががんになって初めて、がん患者さんの心の奥には医師が知らないたくさんの思いがあることに気づいたという。
「患者さんは、主治医の前では平気そうにしていることも多いですが、本当は自宅で悩み苦しんでいて、不安で眠れない夜を過ごしていること、また、家族も必死に支えているんだということを知りました」
生きるために全国を飛び回った
そして、医師である小林先生自身も、不安と恐怖で悩み抜き、藁にもすがる思いで、手術などの一般的な治療(標準治療)を補うための代替医療をはじめ、さまざまな治療法を探した。
「手術が決まってから実際に受けるまでに2か月ほどの時間があったのですが、真っ先に、岐阜県にある、がんサバイバーの医師がつくった“がん患者が自分を見つめ直すこと”を目的とした宿泊施設に連絡しました。
自然の中で睡眠や食事、運動、笑いなどの大切さを再認識し、自然治癒力を高めるものですが、その施設に滞在するうちに心と身体がほぐれ、穏やかな気持ちで手術に臨むことができたと思います」
また、高確率で再発、転移すると宣告されていたため、術後も日本全国を飛び回り、いろいろな治療を受け続けた。
「免疫治療や遺伝子治療、温熱療法、波動医学、漢方、食事療法、鍼灸や気功、ヒプノセラピー(催眠療法)など、あらゆる医療を受けました。お金と時間をどれほど費やしたかわかりません」
一般的に、西洋医学の医師はそういった代替医療に否定的な人が多い。なぜ、小林先生はそれほど代替医療に頼ったのか。
「確かに多くの医師は自分の患者が代替医療を受けることを嫌がります。自分もそうでした。明確なエビデンスがなく、自分が行う抗がん剤などの治療効果を正確に判定できなくなるからです。ただ、患者になってみればわかりますが、患者は生きるためにあらゆる可能性を探したくなるものなのです」
また、医師はたしかに国が定めた診療ガイドラインを重視はするが、かといってそれが完璧だと考えているわけでもないと小林先生。
「私は診療ガイドラインに基づいた標準治療は人類の知恵の結晶で、とても大切なものだと思っています。ただ、標準治療にも限界があります。人間の本来持っている“治ろうとする力”が見過ごされていると思うからです。そこを補うのが代替医療で、標準治療とバランスよく融合させることがとても大事なのではと考えています」
また、先生以外の医師も、いざ自分ががんになると、あらゆる可能性を求めることが多い印象があるとも話す。
では、医師と違って知識を持たない一般の患者はどうすればいいのか。
「知識がないからと医師に丸投げするのではなく、主体的に考えてほしいと思います。主治医だけでなく、いろいろな医師に会って話を聞いてみるのもいいですね。そして、身体を労りながら、自分の生き方や価値観と照らし合わせてどうしたいかを決めて、自分で選択していくことが大切です」
それと同時に、主治医には、患者さんの思いを包み込む寛容さが求められるのではないかという。
「患者さんが考え抜いた選択によって、もし寿命が短くなる可能性があっても、本人の幸せにつながるのであれば、その選択を尊重して応援をする、そういう医師が増えてほしいと思います」
ストレスが最後のひと押しに
さまざまな治療を受けた小林先生だが、何より救われたのはがんサバイバーとの交流だった。
「サバイバーさんたちが開催するトークライブを見に行った際に、がん患者もこんなに幸せな表情で過ごせるんだ、がんは決して敗北ではないんだと感じて、心が救われたんです。再発や死への恐怖がゼロになることはありませんでしたが、サバイバー仲間のおかげで、次第に心残りはないという心境になっていきました」
こうした経験から、手術や抗がん剤といった治療の効果を高めるには、心の平穏がとても重要だと考えるようになっていく。外科医時代には考えもしなかったことだ。
「がんの原因は生活習慣などいろいろなことがいわれていますが、最後のひと押しはストレスが多いのではないかと思っています。もしかしたら昔から抱えていた生きづらさが限界を迎えて病気になったのかもしれません。僕はもともと頼まれたら嫌と言えない人間でしたが、がんになってからは自分の気持ちを優先して相手にニーズを伝えられるようになり、楽になりました。もし病気になったら、治療を頑張るだけでなく、自分自身を見つめ直して楽に生きられる方法を探ってみてほしいですね」
がん患者になってわかったこと
(1)多くのがん患者や家族は、医師の前では見せない、葛藤や苦しみを抱えている
(2)治療は、自分の生き方や価値観と照らし合わせ、どうしていきたいかを考えながら主体的に決めることが重要
(3)長年のストレスから自分を解放して楽になることも、がん治療にとっては大切
小林正学先生●岡崎ゆうあいクリニック院長。内科、外科、皮膚科などの他、高圧水素酸素治療をはじめとしたがん治療も提供している。著書に『医師が本音で探したがん治療』(明窓出版)など。
取材・文/井上真規子
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