「いちょう団地は小さな合衆国」外国人トラブルに向き合い続けた、自治会会長が語る“多文化共生”
週刊女性PRIME / 2024年5月19日 11時0分
新宿から約50分。小田急電鉄江ノ島線の高座渋谷駅から10分ほど歩くと、全1400世帯のうち20%ほどが外国にルーツを持つ居住者が占める「いちょう団地」がある。現在、この団地を取りまとめているのは、いちょう下和田団地連合自治会会長の遠藤武男さんだ。来年で会長職を辞する予定だが、住民の要望に対応し、県に陳情書を提出するなど82歳になった今なお忙しい日々だという。芝の緑が眩しい敷地内を歩くと、6か国語で書かれたゴミ出しルールなどの看板が目についた。
10か国にルーツを持つ住民がいるいちょう団地
「現在、いちょう団地には10か国にルーツを持つ住民が住んでいます。多いのは、ベトナム、中国。ペルーやボリビアなど南米系の方も増えましたね」
穏やかに語る遠藤さんがいちょう団地に入居したのは、1973年。2年後、団地内でできた友人に「一緒にやろう」と誘われて自治会に入った。
「首を突っ込んだのが32歳。今、私が82歳ですから、50年になりますか。途中で辞められなくなっちゃっただけで、いろんなことがありました」
いちょう団地に外国人が増えた理由はこうだ。1980年、神奈川県大和市に定住促進センターが設置(1998年まで)され、ベトナム、ラオス、カンボジアの難民に定住支援が行われたこと。その後もNPOなどによる支援が継続していることや、国際交流の拠点として、1994年に財団法人大和市国際化協会が設置されたことなどが大きい。
「2005年に連合自治会会長に就任したとき、福祉協議委員の方から『外国籍の方のことを学んでみませんか?』とお誘いいただき、神奈川県下の他の団地に見学や研修に行きました。ちょうど、いちょう団地でもベトナム、ラオス、カンボジアの方が増えてきたので、何か彼らのためにできることはないかと民生委員の方と一緒に考えまして」
始まりはスポーツを通じた交流だった。いちょう団地にベトナムのサッカーチームがあり、在日ベトナム人によるサッカーの全国大会にグラウンドを貸した。全国からバスでいちょう団地にサッカー選手が集結。大会は盛り上がり、いちょう団地のチームが優勝した。
「祝勝会の会場に集会所をお貸ししたことがきっかけで、みなさんと仲良くなりました。スポーツでの交流がうまくいったから次は食文化だということで、地元の中学校の調理室をお借りして、中国人と日本人で本場の水餃子を作ったんです。『こんなにおいしいんだ!』って、みんな喜んでね。
翌年はみんなでベトナムのフォーを作って、中国とベトナムの獅子舞が合同で踊ってくれたりもして、いい交流ができました。その次は、ペルーやボリビアといった南米系の人が増えてきたので、食文化で交流しませんか?と、お話ししたら、ペルーの大使館が喜んでくれて。そのときの料理が本当においしくて、いまだに忘れられないぐらいです」
当時の写真を見せていただくと、「アヒ・デ・ガジーナ」(鶏肉のこしょう煮込み)や「ロモサルダード」(牛肉と野菜の炒め物)、「チチャ・モラーダ」(紫色のトウモロコシとスパイス、砂糖を煮出したペルーの国民的ジュース)など、うまそうな料理が並んでいた。さすが、南米一の美食大国だ。
「南米の人たちは本当に明るい。民族衣装を着たダンサーの踊りも素敵で、夕方の18時半から始まって23時ごろまでみんなで踊っていました」
これら一連の交流を通し、遠藤さんはペルー大使館から親善大使に任命された。
『いちょう団地に国境はありません』
異国文化への理解を深めるためのイベントを4年間行った。次のステップは、日本の文化を知ってもらうこと。そこで遠藤さんは、団地の祭りの神輿の担ぎ手として彼らを誘った。
「チラシに、『いちょう団地に国境はありません』『小さな合衆国』といった文言を入れたら、『いちょう団地に来てよかった』と、泣いて喜んでくださる方もいてね。ただ、神輿って重いでしょう。彼らの中には肩を腫らしちゃった人もいて、次の年も誘ったら、『もう勘弁してください~』って。ケンカしたとかではなくて、『いい経験をしました』と言ってもらいましたけどね」
当人同士が了解し合っていても、周囲に伝播する過程でモメた話にすり替わってしまうことがある。実際、これまでに住人間の摩擦がまったくなかったわけではない。
「2006~2007年ごろですか。外国人と日本人の間でトラブルが起き、何をやってもすべて外国人が悪いんだという決めつけがひどい時期がありました。『遠藤さんが外国人に優しくするから、こうなったんだ』とも言われて、つらかったですね。今はそういったことはなく、撒いてきた種がやっと芽吹いたかなという感じです」
今ではSNS等で各国料理の情報もシェアされやすくなっているが、当時は調理の際に出る肉や調味料の強いにおいに免疫がなく、開け放たれた扉や窓から漏れるにおいを嫌がる人もいた。遠藤さんも最初は独特のにおいに苦手意識を持っていたが、時がたつにつれてそれも薄れていった。
「人間の鼻って慣れるんですよね。今では他所に出かけると、『早く帰ってあのにおいを嗅ぎたい』と思いますし、団地が近づいてきてにおいがするとホッとするぐらい生活の一部になっています」
『日本語ワカリマセン』『会長は外国かぶれ』
同じく課題となったのがゴミ出しだ。分別の仕方がわからない住人が可燃不燃入りまじったゴミを捨て、ルールを教えようとする日本人住人に「日本語ワカリマセン」と答える。すると、「あの人はダメだ」とレッテルを貼る住人が出てくる。その負の連鎖を、遠藤さんは一つひとつ解きほぐしていった。
「よく考えてみると、『日本語ワカリマセン』と日本語でしゃべれるってことは、まったく理解できないわけじゃないんですよね。嫌なことを避ける方便として言ってるんだとわかってからは、諦めないで、心が通じるまでコミュニケーションを取り続けようと皆で話してね。結果、全員とはいわないまでも、心を開いてくれるようになった方が何人もいます。
ハグの問題もありました。南米の方は会うとハグだし、小さな子も私を見ると『遠藤サーン』と走ってきてハグしてくれる。私もハグを覚えなきゃと思って、あるとき、エレベーターホールでばったり会った方とハグしていたんです。すると、それを見かけた日本人の方から、『会長はいつから外国かぶれしたんだ』と批判がありました」
人は未知のものに対して拒否反応が出やすい。しかし、一緒に自治にあたっていた4人の仲間と時間をかけて、先のイベントや日常的な声かけなどから接点を増やし、摩擦を減らしていった。そんな仲間も今は亡くなり、残っているのは遠藤さん一人。しかし、今は外国人たちが一生懸命協力してくれているという。
現在、初期からいちょう団地に住んでいた日本人住民はそのまま持ち上がり、高齢化が進んでいる。一方、新規入居者は若い外国人世帯が多い。
「私と同じぐらいの年齢で、『もう死んでもいいんだよ』なんて言っていた一人暮らしの方がいたんですけど、その方にベトナムの子たちが『シンチャオ、シンチャオ(挨拶を意味するベトナム語)』って声をかけて、ウチでお茶を飲んでいけとか言ってくれるわけです」
高齢者と若い世代の小さな交流に目を細める遠藤さんだが、20年前に永別した奥さんからは、「そんなに自治会の仕事ばかりするなら離婚します」と言われたことも。それでも日本人住人と外国人住人の懸け橋になってきたのは、こんな理由がある。
「なぜか?と聞かれると好きだからとしか言いようがないんですけど、中学生のころから英語も外国人のことも好きで、他の科目は一切勉強しなかったんです。先生がよかったからかな。将来は英語を使っていろんな仕事がしたいと思っていたんですけど、それは叶わなかった。もうこの年ですし、来年は会長職を辞するつもりです。そこで、今までのことを振り返ってみたんですけど、当初の夢は叶ってるんですよね(笑)」
取材・文/山脇麻生
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