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妻の名を忘れ歩行困難「62歳の夫が若年性認知症」に、家族が支える葛藤の6年間

週刊女性PRIME / 2024年5月25日 8時0分

音楽好きの彰さんは、認知症判明後にウクレレを習得。今はもう弾くことはできない(2023年撮影)

 超高齢社会の日本。その急速な進展とともに認知症の人の数も増加しており、80代の2人に1人は認知症になるといわれている。しかし、これは高齢者だけの病ではない。

 65歳未満で発症する認知症は「若年性認知症」と呼ばれ、日本では推計3万人以上いるといわれている。その当事者の一人が、富山県に暮らす塚本彰さん(68)だ。

テレビのリモコンが操作できない

 理学療法士だった彰さんは、富山県理学療法士会の会長を務め、県内ではその道の草分け的存在として知られていた。

 60歳で定年退職したあとも「人のためになる仕事を」と、新たにデイサービスの立ち上げに携わる。まさにこれから第二の人生が始まるというときだった。

 2018年1月、62歳の彰さんの言動に、変化が現れ始める。当時の様子を妻の沙代子さんはこう振り返る。

「最初はなんだかいつもと違うな……という感覚。例えば、会話をしていても言葉が出にくいとか、そんな些細(ささい)なことから始まりました

 彰さんはそのころ、新事業の準備で多忙だったこともあり、沙代子さんはストレスによるうつ症状か、男性の更年期障害を疑っていたという。ところが、日に日に違和感は増していった。

「食事中、全然楽しそうじゃないんです。おいしいとか、食べたいという感情が見られない。食欲がないのかと思えば、そのあと冷蔵庫のものを物色して食べていたり。以前とは明らかに違う様子でした」(沙代子さん、以下同)

 異変は続く。テレビのリモコンやスマートフォンなど、家電の操作が困難になり、駐車場では止めた車の位置を思い出せない。食卓で自分の器がわからなくなることも。そのころ、ドライブ中に彰さんは車の自損事故を起こしてしまう。

「ドライブが趣味でしたが、この事故をきっかけに免許を返納しました。思えば、これがふたりで出かけた最後の旅行になりました」

異変の1年半後に確定した病名

 介護福祉士をしていた沙代子さんは、その経験から、夫の脳の異常を疑う。脳ドックに行ってみようと促すが、

「本人にはまったく自覚はありません。行く理由がわからないうえ、職業柄病院には顔見知りも多い。そこに診察される側として行くことに抵抗があるようで、なかなか受診につながりませんでした」

 また、沙代子さん自身も夫の認知症を疑いながら、「職場から何も連絡がないということは、大丈夫なのかな……」ともやもやしながら日々を過ごしていたという。そんな沙代子さんを決心させたのは、長女の麻由さんの言葉だった。

「気持ちが揺れている私を見かねて『認知症の家族の会に一緒に行かない?』と声をかけてくれたんです。私はすぐに『そうだね』と返事していました。娘からはっきり言われたことで、気持ちが固まったんだと思います」

 その後、県内の病院を受診。若年性アルツハイマー型認知症の診断が下りたのは、最初の異変に気づいてから約1年半後のことだった。

 病院で萎縮した脳のCT画像を目の当たりにした沙代子さんは、「やっぱりか」とショックを受ける。しかし当の彰さんに動じる様子はなかった。

「自分の身体だとは理解していませんでした。まるで他人のものを眺めているような感じでしたね」

 診断をきっかけに、新規事業は人に託すことに。しかし、彰さんはこのときまだ64歳。言葉は出にくくなっても体力に衰えはなく、理学療法士としての技術も身体が覚えていた。

 沙代子さんは「可能な限り今までどおりの生活を続けたい」という思いから、自らが補助につき、運動指導やマッサージを行うサービスをスタートさせる。開業と同時に、SNSで彰さんの病気を公表した。

「認知症状のある人が施術することに対し、周りからどんな反応があるか心配でしたが、ある福祉施設から『塚本さんができる範囲で一緒に仕事をしませんか?』とお声がけをいただいたんです。

 現役時代も医療に尽くした人でしたから、それを認めていただき、仕事を続けられることは幸いでした。公表してよかったと思っています」

 周囲のサポートを受けながら彰さんは2年近くリハビリの仕事を続ける。しかし、症状は徐々に進行していき、利用者の顔や名前、自分が行った施術の記憶も困難に。2021年12月、現場を退くことを決意する。

家族でくつろげる居場所をつくりたい

「彰さんとふたりで、なるべくストレスなく、笑顔で日々を送りたい」

 そう願う沙代子さんは、行政が主催する認知症の会に参加した。しかし、どこか居心地の悪さを感じたという。

「認知症の当事者と介護者で、分かれて活動するんです。認知症の人たちがワークショップに参加する間、介護者は日々の悩みなどを共有。そういう時間ももちろん大切ですが、家族として彰さんと一緒に楽しみたかった私には何か違うなと感じました」

 そこで沙代子さんが3年前に自ら立ち上げたのが『フレンズ』。認知症の当事者とその家族が交流し、共に楽しむことを目的とした会だ。

「今はもうできませんが、音楽好きの彰さんが弾くウクレレを伴奏に、みんなで歌うこともありました。歌っていると誰が認知症なのかなんてわからないでしょう。病気の人とそうでない人の間に壁をつくりたくないんです

 沙代子さんは認知症の人に対して「患者」という言葉を使わない。病気のあるなしにかかわらず、一緒に笑って過ごす、ハッピーな時間を共有できる場所が、認知症家族には必要だと実感している。

 症状が進んだ今、彰さんが沙代子さんの名前を呼ぶことはない。けれど沙代子さんは、

「正面から目を見て話しかけると、彼が何を考えているかわかるんです。『これから〜〜するね』と言えば、いいか嫌なのかを意思表示します」

 今でこそ病気について明るく語る沙代子さんだが、過去には苦難の時期もあった。

 2022年の夏、彰さんが徘徊(はいかい)で行方不明になる。警察も出動する事態となったが、幸いにも住宅街で倒れているのを近所の住民に発見された。

午前中から30度を超えるような猛暑の日、次女一家が帰省していて、朝食の準備で目を離した数分でした。

 それまでにも徘徊はありましたが、近くに住む長女と手分けして捜しても見つからず、もし人目につかないような農道などで倒れていたら、命に関わる状況でした。自宅から4kmの地点で見つかったときは、あおむけに倒れ脱水症状、背中には焼けたアスファルトでやけどを負っていました

 困難は続く。'23年12月、彰さんはコロナに罹患(りかん)。自宅療養生活で体力が落ちたことから歩行困難となり、以降、寝たきりの生活が始まった。

「認知症なので、コロナが治ったからと、起き上がって身体を動かそうという意欲がありません。必然的に、そのままベッドで過ごす生活に移行していきました

言葉を失っても変わらないもの

 介護サービスを利用しつつ、在宅で彰さんを介護。しかし寝たきりの現在よりも、コロナ罹患前の時期が精神的に最もきつかったという。

 彰さんは身長180cmと大柄だ。床に座り込んでしまえば沙代子さんひとりで立ち上がらせることはできないし、排泄(はいせつ)の介助にも大きな労力がいる。

 トイレを済ませ、紙パンツをはかせて、急いで自分の用事に取りかかろうとした瞬間に彰さんが排泄をしてしまったとき。ソファからずり落ちて、抱き起こそうと思っても重くてまったく持ち上がらないとき。沙代子さんのどうにもならない感情が爆発した。

「力任せに彰さんを押して、暴言を吐いてしまったことも。そのあとは罪悪感でいっぱいになり、彰さんを抱きしめ、泣いて謝ることの繰り返し。

 『私もつらかったんだよ』と伝えると、しゃべれなくても小さくウンウンと頷(うなず)く姿に、涙が止まりませんでした

 このころ、かかりつけの神経内科でも主治医に「もう無理です」と訴えた。言葉を発した瞬間に涙があふれ、医師からは抗うつ剤を処方されたという。

「心身共に限界を迎えていたと思います。でも気持ちを吐き出したことで、心が軽くなっていきました」

 介護の現場で働いてきた沙代子さんは、彰さんの介護が今、最後の段階に差しかかっていることを感じている。自力で歩いたり、会話を交わすことは叶(かな)わないが、ベッドに横たわる彰さんを見守る表情は穏やか。

「介護は、結婚や出産と同じ人生のステージ。症状が進んでいくのをそばで見ている怖さはありますが、今は少しでも平穏に、ふたりの時間を過ごしたいです」

 こうしてメディアの取材を受け続けるのは、彰さんとの約束があるからだという。

「まだ病気について話すことができたころ、『自分の意思がなくなっても、人の役に立つなら病気のことを発信してほしい』と言っていたんです。認知症の自覚はなくとも、漠然とした不安の中にあったはずですが、医療に携わってきた人間として、最後まで人のために何かしたいのでしょう」

 認知症によって生活は大きく変わったが、症状がいくら進んでも、彰さんのやさしく几帳面(きちょうめん)な性格は変わらない。

「私の首元のファスナーが開きすぎていたり、袖がまくれていると、黙ってベッドから手を伸ばして身だしなみを整えてくれます。気になるんでしょうね(笑)。

 旅行やドライブなど楽しい思い出は多くありますが、こうして最後まで穏やかな時間を一緒に過ごせたことに感謝しています」


取材・文/中村未来 写真提供/塚本沙代子さん

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