「聴力ゼロの私」と「50万人に1人の難病の娘」障がいがあっても、それを言い訳にしない生き方
週刊女性PRIME / 2024年9月14日 11時0分
牧野友香子さん(36)は最重度の難聴で、飛行機の轟音も聞こえない。補聴器をつけても、人の声はまるで聞き取れないそうだ。
「気をつけていたのに、水を出しっぱなしで海外旅行に出発しちゃったとか、鍵を落としてもわからないとか、失敗はめちゃめちゃあります。でも、聞こえないのは生まれつきだから、しょうがないと諦めてます(笑)」
“聞こえを言い訳にしない”
明るく笑う牧野さん。手話は使わず、相手の口の動きを読んで理解し、自分の口で話す。発声は驚くほど流暢で会話もスムーズだ。2歳から10歳まで8年かけて、1音ずつ発する訓練を受けた努力が実を結んだのだという。
「小さいころから両親に言われたのは“聞こえを言い訳にしない”ということ。だから、何でも挑戦したし、聞こえなくてもどうやったらできるのか、できる方法を探そうと考えるようになったのは、両親のおかげですね」
幼なじみと一緒に学校に通いたいと、ろう学校には行かず、地元・大阪の小中学校へ。天王寺高校から神戸大学に進み、ソニーに就職した。人事部で働きながら、友人とスノーボードやキャンプを楽しむなど、まさに青春を謳歌した。
キャンプで意気投合した男性と24歳で結婚。2年後に長女を出産すると、想像もしなかった壁にぶつかる。娘は50万人に1人といわれる骨の難病だった─。
「脚の長さが違うとか首の脊髄狭窄があるとか、手と脚が動きにくいとか、いろんな科の先生からすごい言われて。もうなんか、当時の記憶がないくらいショックでしたね。歩けるようになるのかとか未来が見えないから、不安がめちゃくちゃ大きくて……。
ただでさえ、人よりも大変な思いをしているのに、なんで自分の人生はこんなしんどいことばっかりなんだろうと、へこみすぎて育てる自信も持てなかったです」
絶望の淵から救ってくれたのは家族だ。夫はこんな言葉をかけてくれた。
「自分は友香子の味方だから、どんな選択をしてもいいよ。俺が育ててもいいし」
母も明るく言ってくれた。
「ほんまに無理やったら私が育ててあげる」
夫も母も、不安な気持ちをそのまま受け止めてくれたことが、すごくありがたかったと牧野さんは振り返る。
「もしそこで、『何言ってるの。母親なんだから頑張りなよ』みたいに励まされてたら、メンタルやられてたと思いますね」
赤ちゃんの泣き声が聞こえない
子育てが始まり、まず困ったのは赤ちゃんの泣き声が聞こえないこと。牧野さんはずっと起きていて、夫が深夜遅くに仕事から帰宅するのを待って4時間ほど仮眠を取ることにした。途中で娘が泣いたら起こしてもらう。
「毎日すごい寝不足だし、一日のうちでも浮き沈みがあるんですよ。明るいうちは大丈夫かなと思えるけど、夕方になるとテンションが下がってきて、落ち込んでくる。だんだん減っていきましたけど、子どもが3、4か月までは、そんな感じでしたね」
音で異変を察知することもできないので、起きている間は文字どおり、赤ちゃんから目が離せない。料理や洗濯など家事をするときはそばに置いて、頻繁に目を向けた。それでは気の休まる暇もなさそうだが、家族の協力で乗り切ったという。
「夫も休みの日は子どもを見てくれたし、義母も仕事が休みだと手伝いに来てくれたので、そのときはゆっくりお風呂に入って、爆睡するみたいな感じでしたね(笑)」
長女が2歳のときに次女を出産。2人の育児に追われながら、牧野さんはソニーを辞め、なんと聴覚障害者のために起業に踏み切る! 夫も起業したばかりで経済的に苦しい中、新たなチャレンジをしたのはなぜか。
「娘が難病だとわかったとき、いくら調べても将来の見通しが立たなくて、情報がない中での子育てが一番しんどいなって思ったんです。
だから、子どもの耳が聞こえないとわかって不安を抱く親の気持ちもわかるし、聴覚障害者として30年生きてきた私の経験は、ロールモデルになるかもと思ったのが最初のきっかけなんです。聞こえないけど、こんなふうに楽しんでいる人がいるって知ってもらえたらいいなって」
こうして生まれたのが聴覚障害児と親を支援する会社『デフサポ』だ。
生まれたときから聴覚に障害がある子どもの割合は約1000人に1人。親の9割以上は健聴者で、すぐには障害を受容できない人も多いので、親の相談に乗ることからスタート。子どもの成長に合わせて言葉をどう教えていくか、独自に開発した教材を使ってサポートしている。
「聞こえない=手話」ではない
日本ではドラマの影響もあり、難聴者は手話を使うイメージがあるが、実は手話を使う人は2割ほど。聞こえ方にはばらつきがあるので、補聴器や人工内耳を使い、補助的に口を読む人も多いのだという。
「“聞こえないイコール手話”というわけじゃないし、普通に口を見せて話してくれるだけでも助かります。コロナで急にみんながマスクになったときは、ものすごくしんどかったです。筆談だと3~4倍時間がかかるのでストレスでしたね」
聴覚障害について知ってもらうため、SNSでの発信も積極的に行っている。YouTube「デフサポちゃんねる」では、日常生活での困り事や育児の様子などをありのままに伝え、再生回数は1億回を超えている。
今年7月には、これまでの半生を書いた書籍『耳が聞こえなくたって 聴力0の世界で見つけた私らしい生き方』を上梓した。読者から「自分も言い訳せずにチャレンジしてみようと思った」など、たくさんのメッセージが届いているそうだ。
牧野さんのチャレンジも、これで終わりではない。夫の仕事の都合で1年半前に家族で渡米。デフサポの仕事はリモートでこなしながら、テキサス州で暮らしている。
「難聴関係の療育とかアメリカのほうが進んでいるので、現場を知りたいという思いもありました。でも、英語は口を読むのが難しくて全然話せないまま行ったので、すごいストレスかなと思ってたんですけど、アメリカのほうがみんなマスクしてない分、表情が見えて雰囲気でわかるので解放感がありましたね。
いろんな人種がいるから英語が話せなくても寛容で、音声文字認識を使ってテキストでやりとりしてくれたりするので助かります。でも、みんながしゃべっていることがわからないのが嫌なので、時間がかかっても英語が話せるようになりたいです」
アメリカでさらにパワーアップして、日本に帰って来る日が待ち遠しい。
取材・文/萩原絹代
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