《がんの最新治療》初期乳がん・直腸がんに有効!ここまで進んだ“切らない”治療法
週刊女性PRIME / 2024年10月5日 14時0分
身体にメスを入れるのは覚悟が要るもの。だが今の医学の進歩では、患者の負担を考えて「切らない」を選べる治療法も確立しつつある。そういう選択肢があることは、万が一のときの大きな希望。具体的にはどのような治療法なのか、それぞれの専門医師に伺った。
2022年度、日本人女性がもっとも多く罹患したがんが乳がんだ。年間予測罹患患者数は全国で9万4000人を超えるが、その治療の現場でも切らないという選択が広まっている。経皮的ラジオ波焼灼療法(RFA)というもので、肝臓がんなどでは2000年代に導入されていたが、昨年12月から乳がんの治療としても保険適用となり注目を浴びている。
乳がんに「切らない治療」の選択肢
「経皮的ラジオ波焼灼療法は、早期の乳がんに有効な治療です。がんをターゲットに電極針を刺し、針から発生させたラジオ波の熱でがんを死滅させます」
こう語るのは東京科学大学乳腺外科教授の有賀智之先生。身体に刺した針による治療で済むため、標準治療とされている部分切除と比べても極めて小さな傷で済むのが特長。乳がんは早期がんであっても数センチは切開する必要があり、場所によっては相当目立つ傷として残ることも。それが小さな針穴だけで済ますことができれば、心身への負担を大幅に軽減できる。
「ただし、がんの大きさが1・5センチ以下で単発性のがんであるもの。さらには触診や画像診断で、腋窩リンパ節の転移や他の臓器への遠隔転移がない等々、適用には条件があります」(有賀先生、以下同)
適用条件を満たした場合、RFA治療そのものは多くの病院で3泊4日ほどで行われる。
「全身麻酔で手術を行い、脇の下のリンパ節の中で一番転移しやすいセンチネルリンパ節の生検を行ったのち、RFAを行います。個人差はあるものの、通電時間は10分前後。センチネルリンパ節生検を含めても1時間ほどで手術は終了です」
ちなみに、ラジオ波焼灼直後にはがん内部の温度を測る。がん細胞は60度で死滅するため、70度を目標に焼灼をする。
「電極針に流れる電力量は調整できるのですが、周囲の温度は調整することができません。患者さんの体質によっては温度上昇がしづらい場合など、焼灼が難しい場合があります。また焼灼した部分がしこりとして残ることがあることも事前に知っておいたほうがいいでしょう」
RFAといえど、その後の定期検診の必要性は切除手術の場合と変わらない。
「術後3~4週間後には再発を減らすための放射線治療を受け、その3か月後に乳房MRIや針生検などでがんの遺残がないかを確認します。そして万が一、再発した場合でも、定期検診で見つけられるようにすることもRFAには欠かせません」
治療後5年間は通院し検査が必要となる。
「注意してほしいのは、自分の乳房の状態に関心を持ち、乳房にしこりやひきつれ、えくぼのようなくぼみがないか、などを普段からセルフチェックすることです。そして、しこりなど、いつもと違うものを感じたら、すぐに乳腺科や乳腺クリニックなど乳腺疾患を専門とする医療機関を受診するようにしてください」
直腸がんは「TNT治療」で切らずに治るがんに!?
大腸がんは、食生活の欧米化(肉食、高脂肪)に伴い増加、日本のがん種別死亡率は女性では第1位。大腸に発生するがんは、結腸がんと直腸がんに大別されるが、そのうち直腸は骨盤内の狭い空間にあり、膀胱や生殖器などと近く、手術の難易度が高いといわれている。この分野にも切らない治療が導入されている。
「進行した直腸がんや肛門との距離が1センチに満たないがんには、手術がもっとも有効な治療です。ですが人工肛門が必要に。肛門との距離が長ければ肛門は温存できますが、術後には排便障害(回数の増加や量の低下、便失禁など)が生じます。直腸がんでは命を守るのと引き換えに、ある程度機能を犠牲にしなければならないのです。そこで当院が行っているのが、『集学的治療』です」
こう語るのは、がん研有明病院直腸がん集学的治療センター長の秋吉高志先生。集学的治療とは、外科のみならず、放射線治療や化学(抗がん剤)療法の専門家の協力も仰ぎながら、チームになって行う治療のことをいう。
「この集学的治療を、直腸がんに対して術前に行う治療を『TNT治療』といいます。できることなら手術による人工肛門を回避して、さらには再発を防ぐのを目的としています。TNT治療を行ってもがんが再発、手術が必要となる場合もありますが、欧米ではすでに直腸がんの標準治療となっています。当院では2004年からは術前の放射線治療を、2011年からはTNT治療を行い、さらに2017年からは『積極的経過観察』を導入しています」(秋吉先生、以下同)
積極的経過観察とは、症状を慎重に見守ることで、できる限り手術を避けようという治療のこと。術前の治療でがんが消滅して、手術なしで治ることがあるというのだ。
「がんの進行度によって変わりますが、当院ではおよそ4割の患者さんがこれに当てはまり、これまで100人の患者さんに積極的経過観察を行っています」
積極的経過観察では2~3か月ごとの外来検査こそ欠かせなくなるものの、「再発なし」ならば手術はしなくて済む。それが積極的経過観察を受けた患者の75~80%にもなり、人工肛門を回避できているというから期待が持てる。とはいえTNT治療もデメリットはある。
人工肛門を避けられない患者に効果を発揮
「術前のTNT治療で、放射線治療を5週間、その後、化学治療を3〜4か月行います。その間、長期にわたって副作用に苦しめられることになるわけです。また、すべての患者さんに適しているというわけでもありません。副作用に苦しめられるという点から再発率が低い早期の患者さんには適しませんし、肛門から8〜15センチの距離があり、再発の可能性も高くはない人にこれをすると、排便機能が低下します。なので患者さんによっては、副作用のデメリットが大きくなる可能性があります」
人工肛門を避けられない可能性が高い患者さんにこそ、TNT治療はその真価を発揮するという。
このTNT治療、残念ながら積極的経過観察とはならなかった患者さんに対しても、手術後の再発予防に有益だ。
「集学的治療により、再発率が下がることが期待されています。ちなみに日本では、直腸がんに対してはまずは手術。術後の結果を見て抗がん剤治療を行うかどうかを決めるのが標準治療の流れですが、手術前にTNT治療を行えば、肝臓や肺などへの転移を抑えることができます」
ちなみにがん研有明病院では、2022年までに1000人を超える患者さんに集学的治療を、400人にTNT治療を行った実績があると秋吉先生。「切らない治療」は、多くのがん患者に大きな福音となっているようだ。
有賀智之先生●東京科学大学乳腺外科教授。がん・感染症センター都立駒込病院外科(乳腺)/遺伝子診療科部長を務め、乳がん治療に関する専門知識を持つ。乳がん治療、薬物療法、遺伝性乳がん診断などの手術、治療を行う。
秋吉高志先生●がん研有明病院大腸外科部長・直腸がん集学的治療センター長(兼務)。腹腔鏡下手術、ロボット支援下手術、直腸がんに対する集学的治療や肛門温存治療を中心に質の高い診察を患者に提供する。
取材・文/千羽ひとみ
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