「ダンプ松本を血まみれにしてやりたい」歴史の“生き証人”が語る、女子プロレスブームの裏側
週刊女性PRIME / 2024年10月26日 17時0分
若い女性たちが、闘志を剥き出しにして戦う……。そんな勇姿に、声を限りに応援した女性たち。社会現象ともなった女子プロレスブームを題材としたNetflixドラマ『極悪女王』が話題だ。歴史を知る生き証人に、貴重な思い出の品とともに語ってもらった。
ライオネス飛鳥の公認親衛隊長
「女子プロレス最恐のヒール」として君臨したダンプ松本が主役のNetflixシリーズ『極悪女王』。
制作が発表され配信されるまでは、出演者たちのスキャンダルやケガ、役作りのための体重増量など、不安情報もあったものだが、いざ配信されると話題が話題を呼び、瞬く間に国内再生回数1位を獲得した。
芸人のゆりやんレトリィバァが演じるダンプ松本と、その盟友でありライバルでもある「クラッシュ・ギャルズ」の長与千種(演:唐田えりか)とライオネス飛鳥(演:剛力彩芽)という、1980年代半ばからの女子プロレスブームの立役者たちの成長と人間模様を軸に物語は進む。
そこへ、彼女たちが所属した全日本女子プロレス興業(以下・全女)に関わる人々が、現代では考えられない価値観を振りかざしながらエキサイティングに絡んでくるという、プロレスを知らない人でも楽しめるエンターテインメント作品だ。
当時のダンプ松本は、その極悪非道な振る舞いでクラッシュ・ギャルズの2人を痛めつけていたため、「日本でいちばん殺したい人間」といわれる存在だった。
「私もいつも『どうやったら殺せるんだろう』って、本気で考えていましたね。ファンとしてみたら、大切な飛鳥さんや千種さんにフォークを突き立てて血まみれにしている悪魔ですよ。こっちも血まみれにしてやりたいじゃないですか。だから、美術の授業で使う彫刻刀を見て、『これをどこに刺したら……』って」
物騒なことをさらりと語るのは、長年、プロレス関連の記事に携わってきたライターの伊藤雅奈子さんだ。
女子プロレスブームを社会現象にまで押し上げたのは、常に同性である女性たちからの熱い声援があったから、といっても過言ではない。
10代のころ、ライオネス飛鳥の公認親衛隊隊長を務めていたほどの熱心な女子プロレスファンでもあった伊藤さん。ドラマのクライマックスのひとつでもある大阪城ホールで行われた、ダンプ松本と長与千種の敗者髪切りデスマッチの現場にも居合わせた。
まさに“歴史の生き証人”でもある。その後、プロレス記者となり、スター選手たちの引退や復帰、「全女」の消滅など、ファンという立場以上に報道する立場としても女子プロレスを見続けてきた。
そんな女子プロレスを支え続けた伊藤さんに、彼女だからこそ知る、あの当時の清濁併せのんだとんでもない“熱量”を語ってもらった。
絶対的ヒールだったダンプ松本は、リングを降りてからも常に危険と隣り合わせだったという。
「飲食店に行ったら、ガラの悪い男性にいきなり割れたビール瓶を向けられたこともあったそうです。今でいうストーカーもあったらしいし、子連れの母親が子どもに『近寄っちゃダメ!』と言ったとも。でも本人は、嫌われることを楽しんでいるところもあったようです」(伊藤さん、以下同)
一方のクラッシュ・ギャルズに対する、ファンの熱狂ぶりも尋常ではなかったという。ファンの女性が「婚姻届を持ってきた」「全裸で『抱いてください』と迫ってきた」との逸話も聞くが……。
「婚姻届は事実ではないと2人が言っていましたが、地方興行でのファンの暴走エピソードはたくさんあるそうです。大浴場の脱衣場に、ファンがずっと隠れていたなんてこともあったそうです」
当時のクラッシュ・ギャルズは、男女の枠を超えた超人気アイドルでもあった。
「試合の合間に芸能活動という超過密スケジュールの日々で、常に睡眠不足。そのため、いつも疲れていたので、会話も少なかったそうです」
全女の「25歳定年」「三禁」が選手の反骨精神に繋がった?
全女の場合、この試合日程が、今ではありえないほどのオーバーワークだったのだ。
「年間310日試合ということもあったほど。選手たちはケガをしても『休みたい』なんて言ったら、もう試合を組んでもらえなくなる。指が折れたら自分で添え木で補強し、あばら骨にヒビが入ったら水着の下に自転車のチューブを巻いて固定してリングに上がった選手もいたとか」
『極悪女王』にも登場する全女の経営陣・松永兄弟は「非情な仕掛けの天才」だったという。
「松永さんたちは、女子プロレスを何度もブームにしましたが、選手の勝敗にお金を賭ける悪魔の一面も持ち合わせていました。旬が過ぎたと判断した選手に対しては、非情なまでの肩たたき。“商品”は新しいほうがいいという経営理念に基づいていたのかもしれませんが、功労者のはずの選手はかわいそうですよね」
全女といえば、「25歳定年」「酒・男・煙草は禁止(三禁)」という掟があったことでも知られている。
「ダンプ選手やクラッシュの偉大な先輩であるビューティ・ペアのジャッキー佐藤さんでさえも、ビューティ解散後も人気はあったのに、1人ではピーク時ほど客を呼べなくなったなどの総合的な判断で、メインどころから遠ざけられてしまった。
でも、選手たちの反骨精神につながったことは否めないでしょう。引退後、『実は全女のときに彼氏がいました』と告白している選手やOGもいますから、三禁のほうは実際は大目に見られていたようです」
そして伊藤さんは、こうも続ける。
「私たちファンも、『女子プロレスとはそういうものだ。だから尊い。輝いている』と思ってしまっており、大好きな存在のはずなのに彼女たちの待遇改善にまでは声を上げられなかった。ただ、戦っている彼女たちが美しかったのは本当だし、勇気や愛する心など、彼女たちからたくさんの感情をもらったことも事実です」
大人になった今、伊藤さんは『極悪女王』をどのような感情で鑑賞したのだろうか。
「映像化されると初めて聞いたときは、『絶対に認めない!』と思いましたね。ダンプ選手は、太めの俳優が演じればなんとか近づくことはできる。でも、飛鳥さんと千種さんは、絶対に無理。特に、完璧な肉体が最大のセールスポイントだった飛鳥さんは『演じるのなら男性アスリートでないと務まらない』と。
実際、第1話では剛力さんや唐田さんを見て『やはり普通の俳優さんは細い。プロレスラーの役は無理だ』と思いました。それが、回を重ねるごとに、実際に身体ができあがっていくんですよね。まさに、新人レスラーが、お金が取れるスターレスラーになっていくさまを見せてくれるんです」
何者でもなかった少女たちが、女子プロレスラーという、みんなに認められた存在になっていく……という流れは、まさしくプロレスラーそのままだという。
「実話をもとにしたフィクションとはわかっていますが『ここは違うんじゃないか』『このエピソードも入れてほしかった』というところはありました。でも、当時のファンとしての熱狂的な気持ちを思い出させてくれましたし、第3話くらいからは号泣しながら見ていました」
「人間いくつになっても頑張れるんだ」
現在は、40代で出産し60歳を優に過ぎてもリングに上がっているジャガー横田をはじめとして、「25歳定年」や三禁などまったく意に介さずに活躍している女子レスラーがたくさんいる。
ダンプが率いた「極悪同盟」のメンバーであるブル中野は、その後のアメリカ遠征での功績が称えられ、世界最大のプロレス団体、WWEで殿堂入りを果たした。今はダイエットに成功したため、あの当時の姿は見る影もない。
「人間いくつになっても頑張れるんだと、10代のころとは違う形で勇気をもらっていますね。普通の人と地続きで、レスラーたちが夢や希望を与えてくれる時代が来たということでしょうか。ですが、今回の『極悪女王』を見て、ダンプ選手やクラッシュのような、近寄りがたい圧倒的な存在感の女子プロレスラーの出現に、今でも期待をしている自分がいます」
取材・文/木原みぎわ
いとう・かなこ 1970年生まれ、大阪府出身。元『月刊プロレス・ファン』編集長を経て、女子プロレス担当記者として、多数の媒体で執筆。ライオネス飛鳥の公認親衛隊隊長でもあったという経緯から『1985年のクラッシュ・ギャルズ』(柳澤健著)に“3人目のクラッシュ”として登場。
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