「両親は老いる見本」92歳の父・要支援2の母を介護する編集者が見た“年をとる”ということ
週刊女性PRIME / 2024年11月17日 11時0分
今年還暦を迎えた編集者・一田憲子さんは、兵庫県に住む92歳の父と81歳の母の遠距離介護をしている。「昭和の企業戦士だった父、専業主婦だった母の老いを……最初は元気だったイメージが強すぎて、受け入れられず、葛藤もありました」「年をとる」というのはどういうことなのか、親の姿から見える老後とは―。
暮らしにまつわる情報をメディアで発信している、一田憲子さん。そんな一田さんの日常を大きく変えたのは、3年前、当時78歳の母が肩に人工関節を入れる手術だった。
父との二人暮らし
「母の入院中、89歳だった父と2人で暮らすことになったんです。亭主関白だった父は電子レンジも洗濯機も使えない。実家には時々、帰っていましたが、父の定年後も母が一切の家事をこなしていたんだと初めて知りました」
父に電子レンジの使い方を伝え、週の半分を実家、残りの半分は自宅のある東京で過ごす生活を1か月間続けた。
「自宅とは勝手が違う中、家事をしているとあっという間に1日が終わっちゃう。親との生活は思っている以上に大変だ、と感じましたね」
偏食な父のためにメニューを考えるのはひと苦労。でも、ときには気を使い、好物には「うまいの~」と言ってくれ、互いに歩み寄りながらのセミ同居だったという。
日中もウトウトすることが増え、立ち上がるのに時間がかかる父の姿を目の当たりにしてショックも受けた。
「東京に戻るたび、父がご飯を食べて生活できているかが心配でたまらず、泣いてしまったこともありました」
年齢とともに父は背が10cmも縮み、一田さんと同じ目線に。定年後、60代から始めたフランス語学習などにはりきった時期もあったが、思った以上に老いが加速していると切なくなった。
「『老い』に関する書籍を片っ端から読み、日々のことを書き綴っているノートにも愚痴や不安を吐き出しましたが、1か月後には4㎏痩せていて、治まっていた更年期障害の症状も出てしまったんです」
母のほうは、手術が成功するものの、背骨が湾曲する「側彎症」の症状が進行。
「腰や足の激痛から、我慢強い母が『もう生きていたくない』と、弱音を吐いたんです。電話で話しているだけで胸がつぶれる思いでした」
両親は何歳になっても“娘”を守ってくれる存在だったが、「親はいつまでも親のまま」ではない─。
「これからは私がケアをしていかないといけない。同時に自分が老いてできないことが増えていくことに、漠然とした恐怖を感じました」
親の自立を妨げずコミュニケーションは密に
両親のことを心配する一田さんだったが、救いだったのが2人の“夫婦として生きる力”の強さだったという。
かかりつけの整形外科から大学病院を経て、ペインクリニックにたどり着いた母。痛みの出ている神経に局部麻酔薬を打つ「ブロック注射」をしてもらい、やっと普通の生活ができるようになった。今は父に付き添われ、月1回、注射のために通っている。
「2人はできる範囲で地道に動き、時間がかかってもそのときの最適解を見つけようとしています。問題を解決するのは結局、何歳になっても自分自身だということ。人任せにせず、能動的に行動する大切さを、この年になって教えられたなぁと」
母には「要支援2」の介護認定があるため、現在は週に2回、介護ヘルパーが来て浴室やトイレなどの掃除をしている。買い物は週1回、夫婦で連れ立ってバスでスーパーに行き、生鮮食品以外の重い荷物は配送を手配する。
もうしばらくは自立生活を続けられると思っているが、「毎週日曜日」と決めているルーティンの電話など、こまめな連絡やサポートは一田さんの日常の一部となっている。
「年金生活では高価な嗜好品はあまり買わないだろうと、関西に出張に行く際は必ず立ち寄り、甘いものを差し入れています。また、日頃から両親が好きそうなものを見つけては送るように。単調になりがちな老夫婦の生活の、いい刺激になればうれしいですね」
宅配が届くと、父はその店をネットで調べているようで、メールでちょっと誇張した感謝や喜びの言葉が届く。
「娘に対して『心にかけてもらってうれしい』や『幸福だなあ』なんて、こっちが恥ずかしくなることも言ってくる。父も変わったなぁ、親子関係もずいぶん変わったなぁ、としみじみ思います」
今は良好な関係だが、若いころは両親が苦手だった。
「海外出張も多い昭和の企業戦士だった父は、見栄っ張りで威張りんぼ。権威主義的で私の話を聞かない人でした。19歳で結婚した専業主婦の母は、自己主張せずに黙って父や姑に従っているタイプ。当時の私にとって、2人は魅力的ではなくて」
しかし、家を出てひとり立ちしたのち、家事を完璧にこなしたり、安定した収入を得続ける難しさを知り、やっと両親が一田さんに与えてくれたものや愛情に気づいた。
「おそらく、若かった父は子どもへの接し方がわからなかったんだと思います。昔、コミュニケーション不足だった分を今、取り戻しているのかもしれません」
以前は誕生日や父の日、母の日にプレゼントを贈り合っていたが、体力や気力が衰えた両親には“お返しをしなければ”と、負担になっていたため、やめた。しかし、まったく何もしないのは寂しいため、代わりにファクスでのメッセージを送るようにしているが、「どこまでを望んでいるか」「どこが負担か」を見極めるのは、親の老後と向き合ううえで、大切なことだと考えている。
今の両親の姿に未来の自分も重ねて
これまで家事を手伝わなかった父が、3年前から母の代わりに洗濯物を干し、アイロンがけをするようになった。
「帰省したときには自分のパンツや母のブラトップにアイロンをかけていて(笑)。母はずっと父に従ってきましたが、思うように身体が動かなくなってきてから我慢をやめたんでしょうね。最近では父が食後、冷蔵庫にバターを戻したり、お皿を流しに運ぶように。時折、言い合いをしながらも協力し合って暮らす。私にとって両親は“老いる見本”になりつつあります」
家が大好きな父には今後、高齢者施設に入るという選択肢はおそらくない。そのため、母は「パパより先には死ねない」というのが口癖だ。
「母は昔から親と子の境界線がはっきりしている人。親の人生を子の私がすべて背負うことはないという考えなので、2人が心穏やかに人生を閉じるサポートができればと考えています」
両親を見ていると、できないことより、できる範囲で折り合いを見つけようとしているな、と感じるそう。父は脚が弱くなりつつあるが、家から出なくなった分、新品のパソコンに夢中だ。母は杖に頼りつつも医師から教わった体操で筋肉を鍛え、最新の便利グッズを取り入れて家事スキルを上げている。
「いつも前向きに生活できているのは、わが親ながらすごいこと。自分が70代や80代、90代になったときを想像しても、以前より怖くはなくなってきました。人生の先輩として、私が年を重ねていく道に、火を灯してくれていると思うのです」
一田憲子さん●編集プロデューサー。『暮らしのおへそ』『大人になったら、着たい服』(共に主婦と生活社)も手がける。老親と向き合ったエッセイ『父のコートと母の杖』(主婦と生活社)が好評発売中。
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