「トイレに大量の血が」大腸がんが肺に転移で“余命2年半”から諦めずに回復した奇跡の漫画家
週刊女性PRIME / 2024年11月26日 8時0分
「今思えば、痛みがないのに出血するっておかしいことなんです。最悪の結果にたどり着くまで、私にはいくつもの判断ミスがありました」
そう振り返るのは、漫画家のくぐりさん。異変に気づいたのは2019年の夏ごろ、37歳のときだった。排便後のペーパーに毎回血がべっとり。しかし、くぐりさんはその2年前に大量出血を経てイボ痔の手術を受けていたため、痔の再発と自己判断していた。
「お尻から血が出る=痔だと思い込んでいました。それが一番の大失敗でしたね」(くぐりさん、以下同)
腸を覆う“モンスター”
当時はまだ漫画家デビュー前で、平日は事務、週末は似顔絵講師などの仕事を掛け持ち。子育てもあり、寝る時間を削って漫画を描く多忙な日々だったため、病院の受診を後回しにしていた。そうこうするうち、下血以外にも身体に異変が起こり始める。
「顔に血管が浮き出て、腕が上がらなくなったんです。それでも、寝不足のせいかな、四十肩かなと思っていて」
さらに微熱が続き、下血量もどんどん増えていった。そんなある日、実家で夕飯を食べて帰宅後、母から電話が。
「私が使用した後のトイレに大量の血が残っていたようで、あれはただ事ではないと。すぐに病院に行くようにと怒られました。そのときもなお“明日仕事休めるかなぁ。痔だと思うんだけどなぁ”なんて思っていました」
しかし肛門科診察の結果、痔ではないことが判明し、大腸内視鏡検査を受けることに。消化器クリニックの担当医も「痔の再発だと思うけどね」との見立てだったが、腸にカメラを入れた途端、無言に。ふとモニターに目をやると、そこにはグニャリとした“何か”が腸を埋め尽くすようにして映っていた。
「瞬時に、“これはやばいのでは”と思いました」
数日後、告げられた病名は、大腸がん─。
「先生の険しい顔つきでうすうす予想していたのですが、ハッキリ宣告されると、ズーンと落ち込みました」
吐き気地獄との闘い
しかし、衝撃はこれだけではなかった。さらに全身の検査をして明らかになったのは、大腸がんステージ4、肺への多発転移。手術は不可。できる治療は、化学療法(抗がん剤)のみという、厳しすぎる現実だった。
「膝から崩れ落ちるようなショックに襲われました。大腸がんだけでなく、肺への転移。死刑宣告を受けたような絶望感で、食べ物も喉を通らなくなり、死の恐怖に怯え、泣き続けました。家族もみな落ち込み、夫は痩せてげっそりしていきました……」
主治医から提案された治療内容は、4種の抗がん剤を投与し、さらにレボホリナートという作用増強の補助剤を足すというもの。くぐりさんはまだ若く、副作用にも耐えられると判断されたようで、最も強い抗がん剤のメニューに。
「医師の説明では、“抗がん剤が効いて肺の転移腫瘍が減れば、原発(直腸)も手術可能になる可能性がある”と。本当に不安しかありませんでしたが、生きるために治療を受けようと決意しました」
そんなときに心の支えとなったのが、がん緩和専門看護師と臨床心理士の女性2人だった。治療期間中、たびたび話を聞きにきてくれたという。
「主治医には相談しにくい悩みや不安を聞いてもらったおかげで、心の負担が軽くなりました。それに、私は末期がんという認識だったのですが、“ステージ4が一概に末期がんとはいえない”と教えていただいたことで、“まだ自分にはできることがある”と少し前向きになれました」
抗がん剤治療は、3泊4日入院し、点滴で投与。退院後2~3週間空けてまた入院というペースで、全26回行った。その副作用は想像を絶する過酷さだったという。
「私の場合は吐き気が強く出て、吐き気止めの薬をフルに使ってもダメで。抗がん剤が身体に入ってくると、涙、鼻水、つば、汗と、体中からいろんな体液が大放出。横になっていることもできず、少しでも身をよじると吐き気が襲ってきます。身の置き場がないとはこういうことかと」
さらに、点滴後は脱毛や味覚障害も。
「髪が抜けたのもショックでしたが、味覚障害がこんなにつらいとは思いませんでした。口の中が常に苦くまずく、水もお茶も、すべて異様な味に変わってしまうんです」
退院後も倦怠感や味覚障害が続いたが、次第につらい副作用が出るのは投与直後の1週間程度に。2週目から次の入院までの期間は身体を起こせる日もあったため、その休薬期間中に、一度は諦めかけた漫画の執筆を再開。このころには、気持ちにも変化が起きていた。
「仕事も辞めてやることがなくなったら、自分の内面を見つめるようになって。そうしているうちに、自分は幸せだと気づきました。がんになっても生きている、支えてくれる家族がいる、好きな漫画も描ける。以前は幸せになりたいと考えていましたが、すでに幸せだったんだなと」
奇跡的に経過観察に
さらに、この時期に描いた漫画が賞を受賞。大きな励みとなった。それをきっかけに、ずっと気になっていた自らの余命について、主治医に思い切って尋ねると、「あくまで目安だが、2年半」と告げられた。
「がん告知当初の私だったら、泣き崩れていたと思います。でも、そのときには冷静に、だったらそれまで家族と楽しい思い出をつくりたいと。主人といつか行きたいねと話していたお遍路に、家族3人で行くことにしたんです。さらに前向きになれました」
26回の抗がん剤治療を終えたころ、強い薬によるダメージの蓄積で身体が悲鳴を上げた。これ以上は耐えられないと判断され、維持療法(進行予防のための抗がん剤療法)に移行することに。
先行きに不安がよぎったが、約1か月後の検査では、直腸と肺どちらの腫瘍も悪化が見られなかった。強い抗がん剤を投与していないのに悪化しないことから、肺の転移腫瘍は瘢痕化(細胞として死んでいる状態)していることがわかり、ついには手術可能となったのだ。
判明から2年後、直腸がんの切除手術を行い、腫瘍を取り除くことができた。
そして、経過観察となった現在、くぐりさんは自身の闘病経験が誰かの役に立てばと情報を発信し続けている。
「闘病記を読まれた方に“気づくの遅すぎ”“放置しすぎ”とツッコまれてしまうこともあって(笑)。でも本当に思い込みや判断ミスで発見が遅れてしまったのは致命的だったなと。つらい治療、副作用、そして死と直面するたびに後悔の念がありました。みなさんはそうならないように、ぜひ定期検診を受けてほしいと、心から思います」
お話を伺ったのは……くぐりさん●夫、中学生の息子と暮らす漫画家。37歳のときに大腸がんステージ4と診断され、約2年間、抗がん剤による標準治療を行い、無治療経過観察になるまでの記録をまとめた電子コミックが話題に。『痔だと思ったら大腸がんステージ4でした 標準治療を旅と漫画で乗り越えてなんとか経過観察になるまで』(KADOKAWA)。
取材・文/當間優子
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