「同じジムにシュワちゃん」女性ボディビル界のレジェンドに聞いたストイック生活と意外な現在地
週刊女性PRIME / 2024年12月1日 18時0分
日本女性として初めて、さまざまな道を切り開いた人物をクローズアップする不定期連載。第5回は日本女性として初めて、プロボディビルダーとなり、ボディビル界のレジェンドである飯島ゆりえさんのストイックな生活と意外なセカンドキャリアを聞いた。
「プロの大会は観客がみんなドレスアップしてくるので、すごく華やかでまさにエンターテインメントという感じ。アメリカの観客は盛り上げてくれるから、もう会場全体が沸くんです。私は日本人なので、日本的なポージング曲や振りといった要素を入れるとウケて盛り上がります。拍手をもらうのがすごく楽しかったですね」
1980年代にウエイトトレーニングを始め、日本女性で初めてプロのボディビルダーとなった飯島ゆりえさん。
今も昔も日本人女性のIFBB(International Federation of Bodybuilding and Fitness)のプロボディビルダーは飯島さんただ1人で、ボディビル界のレジェンドとして知られている。
現役時代の映像が今も残っている。音楽に合わせてポーズを決め、あでやかに微笑む彼女。逆三角に鍛えられた筋肉は隆々として美しい。
幼少期は運動神経ゼロでスポーツ嫌いだった
幼いころからさぞかしスポーツ万能だったかと思いきや、「スポーツは嫌い。運動神経はゼロ。子どものころは根暗でした(笑)」と意外な言葉。
グラフィックデザイナーとして働いていたときのこと。
「たまたまアメリカの女性ボディビルダーの写真集を会社で見て、きれいだなって思ったんです。当時のアメリカの女性ボディビルダーは今と違って岩のようにゴツくはなく、引き締まっていて、なおかつ女性的な感じでした」
そんな折、西武池袋カルチャースクールの「女性のためのビューティーボディビル講座」のパンフレットを偶然目にし、軽い気持ちで飛び込んだ。
カルチャースクールゆえ、フロアにマシンが数台あるだけの簡易版。筋トレなど初めての体験だったが、自身の隠れた才能に触れる。
「当初は運動不足解消程度の気持ちでした。でも言われたとおりの負荷にしたら、軽い!と思ったんです。トレーニングに抵抗はなかったし、全然嫌じゃなかったんです」
そこでトレーナーを務めていたのが宮畑豊氏。ボディビル界のカリスマ的存在で、ほどなく「僕のジムに来ないか」とスカウトされている。
御徒町(おかちまち)にある宮畑会長のジムで、改めてトレーニングが始まった。マシンもカルチャースクールとは違う本格派で、ジム生の様子も明らかに違う。
「なんだか汗臭いし、男臭いところでした(笑)」
当時すでに30歳を超えていたが、素質があったのだろう。時を置かず、宮畑会長から「大会に出ない?」と誘われ、言われるがまま出場する。だが結果は予選落ち。審査員には「筋肉がつきすぎている」と指摘された。「ボディビルダーの大会なのになんで……」と飯島さん。
トレーニングを重ね、翌1983年の「第1回ミス東京ボディビル選手権」に出場。見事、優勝を果たしている。ボディビルを始めてまだ1年ほどのことだ。その後も1984年「第1回ミス関東」、1986年「ミスマッスル」と、次々に栄冠を手にしていく。
当時はボディビルの黎明期。先駆けだけに、悩みもあった。
「女性の指導者はいないし、男性が男性を指導するような感じで言われても……。情報もあまり入ってこないから、どんなトレーニングをしたらいいのかも、何を食べたらいいのかもわからない。これは自分で勉強して知識をつけないとダメだと思って。本場に行こうと決めました」
単身で渡米し、本場の指導を受ける
グラフィックデザイナーの仕事を辞め、単身渡米。目指したのは、ボディビルの聖地、ロサンゼルスだ。同じジムにはアーノルド・シュワルツェネッガーもいた。
「シュワルツェネッガーはもう大スターだったけど、目の前にいるから、アドバイスが欲しければ聞ける。日本とは環境も情報量も違いました」
ジムにはパーソナルトレーナーも多く在籍し、望めば指導を受けられる。
「私もトレーナーをつけて、まずメニューをつくってもらいました。毎日頼むとお金がかかるから、そのメニューを自分でこなしたり、他の女の人がしているトレーニングを見て、こういう種目もやるんだと取り入れたりして。何から何まで勉強になりました」
しかし、アメリカのボディビル界にはひとつ問題があった。
「薬を使っているという噂があって。薬を使うと、筋肉の差がとんでもなく違ってくる。見るからに差がつくから、頑張れば私もそうなれる、なんていうレベルではなくなってきてしまうんです」
9か月余りのアメリカ留学を経て、帰国。日本でトレーニングを再開、大会を目指す。
大会前はトレーニングと同時に食事制限で減量に励んだ。
「油抜きで、ゆでる、蒸す、焼く、が基本。ブロッコリーやにんじん、卵をゆでて、食べるのは白身だけ。鶏肉のささみを中心に、胸肉は皮を取る。味つけは塩・こしょうです」
ストイックな日々も、大会後ようやく解禁となる。頑張った自分へのご褒美は?
「甘いもの。減量中は我慢しているから、やっぱり食べたくなるんです。でも“ご褒美”なんてそんなきれいな言葉じゃないですよ、飢えたなんとかみたいな感じ(笑)」
1988年5月に東京で国際大会「インターナショナル・ウーマンズ・アマチュア・ボディビル大会」の開催が決まると、飯島さんも出場を決意。国際大会ということで、選手は世界中から集まってくる。
出るからには優勝したい。午前中はジムで鍛え、午後はデザイナーの仕事をし、その後またジムで鍛えた。夜9時過ぎにトレーニングを終えても、宮畑会長から「これを持って走っておいで」とダンベルを渡された。ポージングの研究にも徹底して取り組んだ。
「曲は自分で探しました。あるとき日焼けサロンで耳にしたマイアミサウンドマシーンの曲をテーマソングに決め、それに合うポーズをつくって。部屋に畳1畳ほどある大きな姿見を3枚張りつけて、いろいろ試していきました」
誰より身体を仕上げた。結果、「インターナショナル・ウーマンズ・アマチュア・ボディビル大会」で優勝。続いて3週間後にハワイで開催された「ハワイアンインターナショナル・アマチュア・ボディビル大会」に出場し、総合優勝をつかむ。
これらの実績を踏まえ、プロと認定された。1989年、日本初の女性プロボディビルダーの誕生だ。
プロ認定後は、年に1回アメリカに渡り、大会に出場した。1993年にはボディビル界最高峰のプロコンテスト「ミスオリンピア」にも出場を果たす。しかし、プロ転身後は賞には恵まれず。やはりアメリカは薬物が蔓延し、それが大きな壁となって横たわる。
「現役引退の2年くらい前に膝の手術をしたんです。膝が痛くてトレーニングができず、手術をしても治りきらなくて」
引退後はトレーナーとして活躍。スポーツ専門学校の講師やゴールドジムの公認パーソナルトレーナー、スタジオのグループワークアウトをして指導に力を注ぐ。
しかし、コロナ禍を機に、離職。すると驚くことに、画家に転身している。
「引退をしたあと趣味がないのは寂しいと思って。何か趣味になるものをと思って、デザイナーの基礎があるので、絵を始めようと習い始めました」
絵画教室で油絵を学ぶうち、講師から太鼓判を押され、独立。現在は自宅でアクリル画を教え、個展も開催している。
「教えるのは楽しいですね」と飯島さん。セカンドキャリアは充実しているようだ。
「人に何かを教えること、自分の知識を与えるのは好き。向いてるのかなって思う。それはボディビルのころと同じ。明日は絵描きのクラスがあると思うと、すごく楽しくて。生徒さんが1人でも2人でも絵を続けてくれたらうれしい。それが今の楽しみですね」
取材・文/小野寺悦子 撮影/近藤陽介(インタビュー)
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