酪農家から小説家に転身の直木賞作家・河崎秋子、願いは「国産羊の消費をもっと増やしたい」
週刊女性PRIME / 2025年1月26日 10時0分
直木賞受賞作の『ともぐい』をはじめ、自然と人間の関わりをテーマに骨太の作品を発表し続けている河崎秋子さん。酪農を営む家に生まれた河崎さんは、長年、家業を手伝いながら羊飼いとして生計を立てていた。
だが2019年に閉業している。順調であった羊飼いをなぜやめるに至ったのか。『私の最後の羊が死んだ』は、羊飼いである河崎さんの生活や人生の転機を綴(つづ)ったエッセイだ。
大切に育てた羊をおいしく食べる
「私の故郷は北海道の東部にある別海町で、酪農をしている実家には家族6人に対して乳牛が約120頭いました。子どものころから家の仕事を手伝っていましたが、大学卒業後は農業に関わる気はまったくありませんでした」
だが、学生時代に教授主催のバーべキュー大会で北海道産の羊肉を食べたことをきっかけに、河崎さんの人生は一変する。
「バーベキューでは、羊のブロック肉を炭火焼きにして焼けたそばからナイフで削いで食べたんです。味つけは塩・こしょうだけなのに、すごくおいしかったんですよね。こんなにおいしい肉を自分でも生産してみたいと思い、羊飼いという仕事に惹(ひ)かれるようになりました」
河崎さんはニュージーランドで1年間の実習を積み、帰国後は研修や道内での住み込み実習を経て、実家の敷地の一部で羊を飼育する“羊飼い”となった。
「研修で知り合った畜産試験場から年をとった雌羊を2頭、払い下げてもらうところから始め、最大で40頭の羊を飼い、羊肉の生産者となりました。
3年ほどで最初の羊が高齢になったため、“廃用(家畜として用をなさなくなり、処分する個体)”として食べることにしたんです。私は自分で育てた羊を食べることに抵抗はありません。ただ、それが一般的とされる命の接し方ではないと自覚もしています」
河崎さんは幼いころから父親が鶏などをさばいて食肉にする様子を見ており、中学生のときには自ら鶏をさばいていたそうだ。
「私は4人きょうだいで育ちましたが、鶏や鹿をさばくのは私だけなんです。畜産業の方の中には牛乳を飲まない、牛肉を食べないという農家さんもいらっしゃいますし、人それぞれなのだと思います」
実は河崎さんには“よくないクセ”があるのだそう。
「ときどき、競馬場で競馬を楽しむことがあるんです。競走馬は健康状態を最高レベルで管理されていますから、肌ツヤとか筋肉のつき方が見事なんですよね。そのため、ついつい『おいしそうだなぁ』って思ってしまうことがあるんです。
まぁ、食肉としての目利きができても、馬券には直結しないんですけどね(笑)」
自分で育てた羊をおいしく食していた河崎さんだが、一度だけ壁を感じたことがあるという。
「子羊の脳みそのソテーを食べたとき、『この脳みそは、生きている間は私を飼い主として認識していた部位なんだ』と余計なことを考えてしまい、北海道弁で“いずい”(モヤッとする)感じになりました。そういうところが私の弱さなんだろうなぁと思います」
国産羊の消費量を増やしたい
羊飼い時代の河崎さんは、毎朝5時から家業を手伝いつつ羊を飼育し、さらに小説の執筆も行っていた。
「夜8時過ぎに夕ごはんを食べてから小説を書くこともあれば、疲れて仮眠を取って夜中の2時過ぎから執筆することもありました。当時は5時間も眠れればいいほうでしたね。振り返ってみると、時間的にも体力的にもむちゃをしていたなぁと思います」
多忙な毎日の支えとなっていたことのひとつには、心満たされる瞬間があった。
「この本の表紙のように、青空の下の牧草地で羊たちが、穏やかな雰囲気でおいしそうに牧草を食べる場面があったんですね。酪農家の遺伝子なのか、その様子を見るだけで気持ちが癒されました」
2010年から小説を書き始めて以来、河崎さんは牛の世話と、羊の世話と、小説の執筆と、家族の予定をこなし続けていた。
「いずれも私にとって欠けてはならないことなのに、心身はどんどんすり減っていきました。このままではいけないと悩む中で、私にとって一番大切なのは小説を書くことだと気づきました」
河崎さんは羊飼いとなって15年が過ぎた2019年に閉業し、自宅を離れて一人暮らしをすることになった。
「ありがたいことに、今では物書きの端くれとしてごはんを食べられるようになりました。睡眠時間は7時間程度は取れるようになりましたし、朝ドラはNHK BSで朝7時15分から放送のものから見ています。羊飼いのときとは全然違う生活です」
小説家として生きる道を選んだ今でも、羊には後ろ髪を引かれる思いがあるそうだ。
「また羊を飼いたいなぁという気持ちはかなりあります。自分の育てた羊をまた食べたいなぁって思うんです」
そう話す河崎さんに、おすすめの羊肉料理を教えてもらった。
「手に入りやすいのは冷凍のラムスライスです。ジンギスカンで食べるのもいいのですが、にんじんや玉ねぎといった野菜をたっぷり入れて赤ワインで煮込み、デミグラスソースで仕上げると、おいしくて身体も温まるんです」
河崎さんは現在、次のような願望を抱いているという。
「国産の羊肉は本当においしいので、たくさんの人に味わっていただき、消費量をガンガン増やしてもらいたいですね。本書を読んで羊のことに少しでも興味を持っていただけたら、とても幸せです」
教えて!最近の河崎さん
「実家を出て1年ほどで高齢の黒猫“なん”と暮らすようになり、その後、生後半年ほどの“ニコ”を迎えました。人間でいうとおじいちゃんとギャルくらいの年齢差があるものの、2匹はすごく仲がいいんですね。
私のひざにも布団にも乗ってくれないのですが、猫がいるだけで幸せです。以前の私は羊飼いでしたが、今は猫の下僕です(笑)」
河崎秋子(かわさき・あきこ)●1979年、北海道別海町生まれ。2012年『東陬遺事』で第46回北海道新聞文学賞(創作・評論部門)、2014年、『颶風の王』で三浦綾子文学賞を受賞、同作で2015年度JRA賞馬事文化賞、2019年、『肉弾』で第21回大藪春彦賞受賞、2020年『土に贖う』で第39回新田次郎文学賞を受賞。2024年『ともぐい』で第170回直木三十五賞を受賞。
取材・文/熊谷あづさ
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