直木賞作家の木内昇の最新作、『べらぼう』モデル・蔦重亡き後の人間関係や出版事情を描く
週刊女性PRIME / 2025年2月2日 6時0分
1月からNHK大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺〜』が始まった。江戸時代中期、多くの出版物を出した蔦重こと蔦屋重三郎の人生を横浜流星が演じる。曲亭馬琴に葛飾北斎、山東京伝……江戸で活躍した戯作者や浮世絵師は有名だが、彼らを売り出した立役者が“江戸時代のメディア王”蔦重だ。
牧之の雪国の話『北越雪譜』は出版までに40年
木内昇さんの新著『雪夢往来』は、江戸時代に1冊の本が刊行されるまでの紆余曲折を書いた長編歴史小説。蔦重亡き後の人間関係や出版事情もうかがえて、興味深い。
江戸期に出版が盛んになっても、遠く離れた雪国のことなど、江戸者は知る由もなし。越後から縮織物の商いに来た鈴木儀三治と江戸っ子との間で、こんな会話が交わされる。
「(雪が)一番積もる時季には、高さが一丈(約3メートル)ほどになりましょうか」
「おいおい、からかっちゃいけねぇよ。いっくら俺たちが江戸から出たことがねぇと言っても、そんな法螺にゃあ引っかからねぇよ」
一年の半分近くを雪に閉ざされるなど江戸では想像もできない。儀三治の住む村の女たちの冬仕事は縮を織ること。男はそれを売り歩く。俳句は村人の冬の楽しみでもあり、儀三治は牧之という俳号を持ち、文学と絵の素養もあった。
牧之(儀三治)は《江戸の者に、越後の話を書いて見せたら面白がってもらえんじゃろうか》《越後の風俗はきっと江戸者には新鮮なものばかりだろう。それに、古くからこの地に伝わる綺談は、きっと彼らの耳目を驚かすだろう》と考え、本にすることを思いつく。しかし、ここからが困難続き。木内さんは言う。
「牧之の雪国の話『北越雪譜』は、好きでよく読んでいたのですが、調べてみると、出版までに40年もかかったというのに驚きました。戯作者などと交流しているのも面白く、書きたいと思ったんです」
かんじきを履いて雪の上を歩く村人、反物を雪の上に広げる雪ざらし、雪男の姿など、牧之はイラストつきで越後の風俗や綺談を書いていった。それを、江戸に行ったときに書を習った師に託す。そこから山東京伝に相談がいく。
京伝は二代目蔦重に出版を持ちかけるが、無名の人は出せないと難色を示される。さらに二代目は出版にかかるお金を牧之が出すように要求。二十両で家が建つ時代に、五十両の大金! 家業の縮仲買も質屋も順調だが、道楽のためにそんなお金は出せない。
あきらめたはずの牧之だが、出版への思いはくすぶっていた。大阪での出版を請け負ってくれる人を見つけたが、相手が死亡し……。
期待し、待たされ、ダメになりを繰り返し、読みながら胸が締めつけられる。
「当時はベストセラーといっても何十万部も売れたわけではないので、どうやって売っていくか、どう利益を得るか、今より大変だった気がします」
と、木内さん。
この時代は、木の板に文字や絵を彫り、絵の具をのせ、紙を当てて1枚ずつ刷り、本や浮世絵を作っていた。手間もかかる、シビアなビジネスだった。それでも、初代蔦重なら「よっしゃ、やりましょう」と言ってくれたのではないか。木内さんは、笑いながら語ってくれた。
「そうかもしれませんね。蔦重も二代目になっていたので、決断力が弱くなったりしている感じはありますね」
リズム感のある文章はスポーツが関係?
二代目蔦重たち版元の慇懃な物言い、鈴木牧之の新潟弁、山東京伝の軽快な江戸弁、曲亭馬琴の屈折したセリフなど、言葉遣いにもそれぞれのキャラクターが立っていて、すぐそこにいるように感じられるのも本書の魅力だ。
「当時の暮らしや史実をよく調べて、資料も読み込んで、“ヨシ、大丈夫だ!”となったところで書き始めます。登場人物が自分の知り合いみたいに思えて“あのとき、ああだったよね”みたいに、自分で聞いたんだっけ?と思えるくらいになったら書きます。年表にすると、遠くなるというか、知り合いではなくなってしまうんですよね」
おっとりした雰囲気の木内さんだが、高校生までスポーツ少女だった。
「中学は卓球部、高校ではソフトボール部。強豪校でスポーツざんまいでした。高校のときは、膝を柔らかくする目的で新潟のスキー場に年に何回も行きました。友達もみんな体育会系のせいか、一日中黙々と、コースを何本も滑っていましたね(笑)」
読み手をグイグイ引っ張っていくリズム感のある文章は、運動神経のいい身体だから生まれたのかもしれない。
1816年、山東京伝は56歳で死去。このとき牧之は47歳。雪国の話を書き始めて20年の歳月が流れていた。
原稿は曲亭馬琴の手に渡り、牧之の元には「京伝亡き後、出版を請け負う」との手紙が届く。ところが『南総里見八犬伝』などの執筆に忙しいからと先延ばしにされ、音沙汰なしで10年以上が過ぎる。
「馬琴は、いいものを仕上げるために執拗にやる人で、すごくクセが強い。必ずしも性格が悪いわけではないと思うんですが、牧之から見ると何なんだよってなりますね」
『北越雪譜』が出たのは、天保8年(1837年)。牧之はすでに68歳になっていた。40年越しで出版の運びとなる大団円は、じわじわと感動が押し寄せ、もはや読み終わるのが寂しくなってくる。
「読む・書くは人間にしかできない」
「書きたい、何か表現したいというのは、誰の心にもあって、共感してもらえるかなと思います。読む・書くは人間にしかできないこと。楽しんでほしいですね」
本書のカバーや表紙の絵は『北越雪譜』からいただいた。吹雪の中を歩く村人や雪の中での生活の様子などが描かれている。この冬、読んでほしい一冊だ。
最近の木内さん
「ずっとソフトボールをやっていました。今は、1週間に3回ほどジムに行って、ボクササイズをしています。息が上がらないと運動した気にならなくて。野球はヤクルトファン。神宮球場に年5~6回行きます。高校野球も好きで、甲子園まで観戦に行ったりします。いい選手が、プロで活躍するとうれしいです(笑)」
『雪夢往来』木内昇
新潮社 税込み2200円
取材・文/藤栩典子
木内昇(きうち・のぼり)/1967年生まれ。出版社を経て編集者・ライターとして活躍しながら、2004年『新選組 幕末の青嵐』で小説家デビュー。2009年『茗荷谷の猫』で早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。2011年『漂砂のうたう』で直木賞受賞。2014年『くし挽道守』で中央公論文芸賞、柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。他に『よこまち余話』『球道恋々』『惣十郎浮世始末』など。
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