<東京暮らし(17)>帰って来た寅さん

Jタウンネット / 2019年12月1日 13時0分

左から満男、イズミ、さくら、博 (C)2019松竹株式会社

<文 中島早苗(東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長)>

映画「男はつらいよ」と言えば、テキヤの格好で旅を続けるフーテンの寅を、多くの日本人が共通の映像として思い浮かべることができる。それだけではない。「♪チャ~チャララララララ~」という山本直純作曲の前奏のメロディと、星野哲郎作詞の歌が、条件反射的に脳内を流れ始める人も少なくないはずだ。

1969年の第1作公開から、渥美清さん逝去翌年の97年に公開された第49作までの28年間劇場で、そしてその後も繰り返しテレビ放映で多くの日本人に愛され続けてきた寅さんが、この年末第50作「男はつらいよ お帰り 寅さん」でよみがえることになった。


まるで日本映画の玉手箱を開けたよう

あらためて渥美清さんの紹介をしておこう。1928年生まれ、東京都台東区出身。53年には浅草のフランス座に入り、63年「拝啓天皇陛下様」(野村芳太郎監督)で映画俳優としての地位を確立。68年にフジテレビで放映された連続ドラマ「男はつらいよ」(山田洋次脚本)では、打合せで少年時代に憧れたテキヤの思い出を生き生きと語る渥美さんの姿に魅了された山田さんがイメージをふくらませ、主人公「フーテンの寅」が生まれたという。

ドラマは好評、翌69年に制作された同名の映画第1作でも、引き続き主演の車寅次郎を演じる。以降「男はつらいよ」は国民的映画として、また渥美さん演じる寅さんは日本中の多くの人に親しまれてきた。96年8月に病でこの世を去る日まで、他の映画やテレビ、舞台出演を断って寅さんの役だけを演じ続けた、他に例を見ない俳優と言える。

そんな寅さんが、第1作公開から50周年となる今年、最新作で帰って来た。新しく撮影された登場人物たちの「今」を描く映像と、4Kデジタル修復されてよみがえる寅さんのシリーズ映像で紡いだ、新たなる「男はつらいよ」の物語だ。

言わずと知れたフーテンの寅さんの旅姿がポスターに(C)2019松竹株式会社
言わずと知れたフーテンの寅さんの旅姿がポスターに(C)2019松竹株式会社

生みの親である山田洋次監督自身が「今まで見たこともない作品が出来た」と驚いたという、不思議な映画に仕上がっている。

あらすじはこうだ。

小説家になった満男(吉岡秀隆・寅さんの甥)は、中学三年生の娘と二人暮らし。最新著書の評判は良いが、次回作の執筆に乗り気になれないでいる。そんな日々の中、なぜか夢に初恋の人・イズミ(後藤久美子)が現れる。そして妻の七回忌の法要で実家を訪れた満男は、母・さくら(倍賞千恵子)、父・博(前田吟)らと昔話に花を咲かせる。いつも自分の味方でいてくれた伯父・寅次郎(渥美清)との、騒々しくて楽しかった日々。それぞれの、寅さんへの思いがよみがえる。

葛飾・柴又を歩く満男(C)2019 松竹株式会社
葛飾・柴又を歩く満男(C)2019 松竹株式会社

寅さんの家族のほか、夏木マリ、浅丘ルリ子など、50年を共に歩んできたシリーズお馴染みの面々が再集結。後藤久美子は長年女優業を休んでいたが、山田監督からの手紙がスイスの自宅に届き、監督の映画への愛情と情熱を感じて出演を承諾したという。

左からイズミ、満男、リリー(浅丘ルリ子)(C)2019 松竹株式会社
左からイズミ、満男、リリー(浅丘ルリ子)(C)2019 松竹株式会社

私が今回、新作を見てみたいと思ったきっかけは、東京新聞とその月刊情報紙「暮らすめいと」で映画紹介コラムを執筆する、元東京新聞記者の大谷弘路さんから、試写が面白かったと聞いたからだ。大谷さんは渥美清さんと生前、親交があった。と言っても、渥美さんは周囲の人たちに私生活を見せる、語ることは一切なかったそうだ。それでも、大船にあった松竹の旧撮影所で、木戸御免で渥美さんの楽屋に入れた記者は大谷さんだけだったという。

「取材させてください!なんてギラギラした感じで近づいて行かない俺とは相性がよかったのよ、きっと。二人でこたつに寝っ転がりながらね、渥美さんが『最近どの映画がいいですか』なんて聞いてきて、俺がお薦めの作品を教えたりね。他愛もない話をよくしたね」(大谷さん)

ところで、こうしたコラムを書かせてもらっているが、実は私は往年の大ファンだなどと威張れるほどの「寅さん通」ではない。恥ずかしながら劇場で見たのはたった1作、確か1978年の第22作「男はつらいよ 噂の寅次郎」で、マドンナは当時大人気だった大原麗子さん(役名は早苗!)の回だったと思う。お正月休みで映画館は大混雑、一番後ろで立ち見したのを覚えている。あとはテレビ放映がある度、繰り返し幾つかの作品を見たぐらいなのだが、それでも寅さんの世界には、どこか魅かれるものがある。

大谷さんの感想を聞き、私もマスコミ向け試写会に足を運んでみた。

左から三平(北山雅康)、満男、源公(佐藤蛾次郎)(C)2019 松竹株式会社
左から三平(北山雅康)、満男、源公(佐藤蛾次郎)(C)2019 松竹株式会社

暗くなった試写会場に、聞き慣れた「♪チャ~チャララララララ~」の前奏が流れた途端、懐かしさに既に目頭が熱くなってしまう。4Kデジタル修復でよみがえった映像では、寅さんと家族、ご近所さんとの丁々発止のやりとりに笑い、寅さんのよどみない東京弁に酔い、温かい名台詞の数々に勇気づけられる。

満男役の吉岡秀隆さんがまたいい。少年の頃とどこか変わっていない、照れたような何気ない表情に純粋さが垣間見える。

新作でもさくらは健在だ(C)2019 松竹株式会社
新作でもさくらは健在だ(C)2019 松竹株式会社

よみがえったシリーズ映像の中で、名優達の生き生きと輝いていた頃の姿が映し出されると、まるで日本映画の玉手箱を開けたような感動を覚え、またも目頭が熱くなる。全編を通して心を動かされるのは、失われた全てのものへの郷愁を感じ、生涯をかけて寅さんを演じた渥美清さんの役者魂に胸を打たれるからだろうか。

「男はつらいよ」シリーズが、ちょうど自分が育ってきた昭和の背景と重なっている世代だからかとも考えたが、上映後、試写室の出口で松竹の宣伝部の方と話して、それだけではないと教えられた。

松竹の社内試写で、寅さんをリアルタイムで見ていなかった若い社員さんたちも泣いていたというのだ。若者の心にも響いたのなら、まさしくこの映画が、属している年代や環境を超えて人の心に届く、普遍性を持っているということではないだろうか。日本人の心には、きっとそれぞれの寅さんがいるんだろう。

試写室を後にする頃には、映画が公開されたら今度は劇場で見よう、と決めていた。12月27日、全国の劇場で公開だ。

渥美清さん、山田洋次監督、そして松竹さん。日本人の宝物としての映画を創り続けてくれて、ありがとうございました。

中島早苗
今回の筆者:中島早苗(なかじま・さなえ)1963年東京墨田区生まれ。婦人画報社(現ハースト婦人画報社)「モダンリビング」副編集長等を経て、現在、東京新聞情報紙「暮らすめいと」編集長。暮らしやインテリアなどをテーマに著述活動も行う。著書に『北欧流 愉しい倹約生活』(PHP研究所)、『建築家と造る 家族がもっと元気になれる家』(講談社+α新書)、『ひとりを楽しむ いい部屋づくりのヒント』(中経の文庫)ほか。

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