タモリ、所ジョージ、稲川淳二 無名だった彼らがANNに起用された理由

太田出版ケトルニュース / 2018年10月22日 10時30分

『ケトル VOL.45』(オールナイトニッポン特集号)

昨年50周年を迎えたANN(オールナイトニッポン)は、そうそうたる人気者たちがパーソナリティを務めてきましたが、ANNに登場してきたパーソナリティは、有名人ばかりではありません。今では知らない人はいないタモリも、水曜1部のパーソナリティに抜擢された1976年の時点では、ほとんど無名の新人タレントでした。

きっかけは火曜1部のディレクターが、パーソナリティの高信太郎から、新宿のバーでデタラメな外国語のコントを繰り広げている男の話を聴いたこと。彼の名前は森田一義。後のタモリでした。ディレクターとは早稲田大学のモダンジャズ研究会で先輩後輩の間柄であったことが判明し、赤塚不二夫宅に居候していたタモリをANNにゲスト出演させます。

デタラメな中国語を駆使した「もしもアルプスの少女ハイジが中国人だったら」といったネタはリスナーの反響を呼び、翌年には水曜1部に起用され、タモリという才能が全国に知られることに。彼の魅力を世間に広めたのは、ANNだったわけです。

タモリと同様に所ジョージも、ANNのパーソナリティに起用されたときはデビューしたばかりの新人でした。レコード会社への売り込みを続け、ようやくデビューしたばかりの1977年。プロモーションでニッポン放送を訪れたところ、トークの面白さがディレクターの目に留まり、いきなり全国ネットの火曜1部に大抜擢。ここから所ジョージの名前が知られるようになりました。

怪談話で有名な稲川淳二は、なんと友人の結婚式の二次会で司会をしていたところを、たまたま出席していたニッポン放送のスタッフがスカウト。ANNがタレントとしての正式なデビューということもあり、最初の放送では緊張のあまりCMのタイミングも無視して2時間ノンストップで喋り続けたという逸話が残っています。

◆ケトルVOL.45(2018年10月12日発売)


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