掟破りのマスコミ圧力にエラソーな態度...無名時代の猪瀬直樹と距離を置いたワケ by岡留安則

東京ブレイキングニュース / 2013年12月25日 15時20分

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 猪瀬直樹氏が引責辞任で東京都知事を辞任した。一時は、ノラリクラリと年明けまで都知事のイスに居座るのではないかと見る向きもあったが、さすがにこの間の都議会での執拗な追及に観念したのだろう。

 まして、偽証罪に問われる可能性が強い「百条委員会」に持ち込まれれば、これまでのような曖昧な答弁は許されない。

 おまけに、猪瀬氏を後継指名した石原慎太郎前都知事に「引導」を渡されたこともあって、それが決定打になったのだろう。都議会もメディアも猪瀬辞任で歩調を合わせていたこともあって、傲慢な猪瀬氏も心身ともに疲れきっていたはずだ。

 IOC総会で東京オリンピックの誘致を勝ち取った頃のハイテンションぶりは姿を消して、声にも表情にも意気消沈した様子が滲み出ていた。大宅賞作家から、小泉純一郎元総理や石原慎太郎前都知事に引き立てられて、上昇志向の夢を実現させてきたが、都知事就任から一年後の挫折となった。前回の都知事選で国内最多の433万票を獲得した人物と同一人物とは思えない末期だった。

 初当選時の東京都庁では大歓迎されたが、退庁時は一切のセレモニーにはなく、退職金一千万円はもらったものの、寂しき引退だった。

 副知事、都知事在職時代に受け取った報酬は2億2千万円と推定されている。大宅賞作家としての栄誉は失ったが、猪瀬本人が自ら選んだ途である。心残りはあるにせよ、それなりに満足した人生だったのではないか。

 問題は今後の猪瀬自身の人生だ。作家としては致命的なスキャンダルを抱えた以上、これまでのような稼ぎは期待できないだろう。麻布にある数億円の三階建ての豪華事務所を維持するだけでも大変だろう。

 かつてのように、CM出演によって大金を得る途も閉ざされた。後は、事務所を撤退し、自宅で細々と物書きとして生活するしかないのではないか。都知事としての実績は消え去ったが、都知事時代の舞台裏の知られざる話に関しては、知りたいと思う読者もいるだろうから、それは売りになるかもしれない。もっとも、猪瀬氏の徳洲会5千万円借用問題は、未解明なままで、今後、地検特捜部の捜査のメスが入る可能性は残されており、今後の展開が注目される。

 それにしても、筆者が猪瀬氏と知り合ったのは、30歳の頃だった。約35年前で、今は昔の話である。『噂の真相』創刊号にも猪瀬氏は署名で寄稿している。

 当時の猪瀬氏はライター修業時代で、まだ無名に近い存在だった。その頃、猪瀬氏はデビュー前の映画監督・柳町光男氏とライター修業時代だった佐野眞一氏を引き連れて編集部を訪ねてきた事がある。

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