ポール・マッカートニー公演もすでにDVD化、洋楽アーティストが日本製海賊版を容認するウラ事情
TABLO / 2014年1月27日 12時0分
昨年の音楽シーンにおけるトピックスのひとつが、ポール・マッカートニーの11年ぶりの来日公演だった。大阪、福岡、東京の3大ドームスタジアムでの合計6公演は全日程チケット完売で、主催者発表によれば26万人の観客が来場したという。チケットの最高額は本番前のサウンドチェク参加権付き最前列のVIPパッケージが90000円となかなかのものだったが、一般S席16500円という比較的良心的な設定もあり、ネット予約では瞬殺現象が起きたようだ。会場に行けずに悔し涙にくれたファンも多かったことだろう。
さて、そうしたポール・マッカートニー、ひいてはビートルズファンにとって朗報というか唖然というか、驚くべき事態がその後起きている。
公演から2ヶ月余りという短期間のうちにポールの来日全ステージがCD化され発売されたのだ。それだけではない。一部公演は全曲、全パフォーマンスがDVDに収録され発売されている。公演に行けなかった、あるいは行ったとしてもどれか一公演だったというファンにとっては垂涎のアイテムということになろうが、このCD・DVD発売には大きな問題が潜んでいる。
それらはアーチスト側の許諾を得ていない海賊盤・ブートレグなのだ。どれも会場で観客が録音・録画した素材をもとに制作された、オリジナル(といっていいか......)商品だ。
とんでもない脱法商品、反社会的行為と怒る読者もいるに違いない。だが実はロックやポップスなど洋楽ジャンルに関して、日本は世界最大のブートレグ生産国でもある。
すでにご存知の方も多かろうが、西新宿や渋谷などには世界の有名ミュージシャンが必ず立ち寄る、知る人ぞ知るブートレグCD・DVDショップが何軒もある。ポールの件に限らず、これまでも大物アーチスト来日のたび、密かにそのステージのライブ盤が発売され、コレクターに愛聴されてきた。日本をたびたび訪れるエリック・クラプトンも今回のポールと同様に、公演全日がブートレグCD化されることが多かった。ほかにも来日公演がブート化される有名アーチストは数多くいる。
しかしながら今回のポール・マッカートニー日本公演は3大ドーム6日間公演、26万人動員と、ほかのミュージシャンと規模が違う。また元ビートルズという肩書きゆえに、熱狂的コレクターの数も違う。その結果として日本公演後、ポールのブートレグは膨大な種類がリリースされることになった。各地のステージを公演日ごとに完全収録したCDやDVD、あるいは三大ドーム全日程を完全収録したDVD付きのコンプリートボックス(価格は4万円超!)、さらにはオフィシャル盤と見間違えるような帯付きの紙ジャケット仕様プレスCD(ブートにはCD-Rのものもある)まで、アイテムの百花繚乱である。いくら日本がロックのブート大国とはいえ、これほどまでに大々的に海賊盤が販売されたケースはこれまでなかったのではないか。
とはいえ、言うまでもなくブートレグはアーチストや各種権利所有者の承認を得ていないグレーゾーン商品である。かつてならばアーチストによってはレコード会社を通じブート業者に厳しい販売中止・回収警告が殺到し、商品撤去を余儀なくされるケースもあった。元ビートルズのポール・マッカートニーといえばメジャー中のメジャーであり、仮にその知名度の巨大さゆえにブートが出回ったのだとしても、所属事務所やレコード会社がアクションを起さないのは不思議な事態といえるだろう。
しかし、いくつかのブート・ショップを覗いてみてもポール・マッカートニー関連商品は撤去される様子はなく、むしろ新パッケージ、リマスターアイテムが続々と入荷している状況だった。まさにブート天国といえる状況がそこにはあった。
なぜこのような状況が起きるのだろう。
原因のひとつには音楽状況をめぐる近年の大きな変化がある。
まず今回のポールの来日公演で驚かされたのは、撮影が許可されたことだった。といってもカメラやビデオを回して良いということではないのだが......。
主催者側からのアナウンスは「携帯電話、iPadなどのダブレット型メディアプレーヤー以外での写真撮影は禁止させていただきます。いずれもフラッシュのご使用、動画の撮影は禁止させていただきます」(HPより)というものだった。
つまり、逆にいえばスマホ、タブレットでの静止画撮影ならOKということだ。
かつてならばコンサートでの写真撮影はおよそ許されることはなかったのだが、こうした規制解除が行われるのは世界中のスタジアム、大ホールをツアーする大物ミュージシャンの場合、もはやスマホなどでの写真撮影を止めることはできない現状があるからではないか。
今日、あらゆる人々にとってメモリアルな場面のスマホ撮影はごく日常的な行為となった。これを禁じることは多くのロックミュージシャンが主張する「あらゆる場所での自由の要求」に反する可能性が生じる。つまりスマホ撮影を禁じるロックコンサートとは、ロックの精神に反することになりかねないのだ。そしてまた、スマホが日常的な携帯品になってしまったことから、コンサート主催者が観客入場前にチェックしすべてを取り上げるわけにもゆかず、ましてや26万人が会場内で使っている場面を警備員がチェックできるわけもない。要するにスマホやタブレットでの撮影を禁止することは、大規模なコンサート会場においてはほぼ不可能な時代になったのだ。
ところがスマホの性能は向上する一方だ。デジタル一眼レフカメラ並の2070万画素を搭載したSONYの「Xperia Z1」が発売されているほか、日本では馴染みはないがNokiaのWindows Phone 8 スマートフォンLumia 1020はもはや一眼レフカメラすら凌駕する4100万画素を誇る。プロパー仕様の動画カメラも小型化が進み、もはや会場での関係者による完璧なチェックは難しい。こうしたカメラ=スマホに大容量の外部メモリーカードを接続することで、長い公演の全録も充分に可能なのである。つまり撮影機材の通信機化と小型化の結果がブートレグによるステージ完全収録DVDを作り出したということになろう。
ブートが生まれる背景はもうひとつある。権利所有者の細分化と複雑化という現象だ。
90年代の音楽産業はメジャーのレコード会社が大きな権限を握り、アーチストの楽曲制作からプロモーション、CD販売、コンサート活動までを牛耳っていた。ところがアーチストは活動の全てを管理されることを嫌い、レコード会社と衝突してきた。最大手のひとつ、ワーナーミュージックと契約していたプリンスやマドンナが典型的だ。プリンスはワーナーとの激しく衝突したあげく、アーチスト名を返上してまで自由な音楽活動とCDの自主制作を続けた。マドンナはワーナーのコントロールを離れると、レコード制作会社ではなくイベントプロモーターのライブネイション社と契約、コンサート中心にポリシーを変えた。00年代にネット配信が広がると音楽制作の環境も激変し、レコード会社がすべてをコントロールする時代は終焉した。
こうした流れの中で2010年、ポール・マッカートニーもその所属を大手EMI(現在はユニバーサルミュージックが吸収)を離れ、非メジャーのコバルト・ミュージックに版権管理を委ねた。ポールの新作CD「NOW」は現在ユニバーサルからリリースされているが、ユ社の契約はあくまで「楽曲パッケージの配給権」獲得である。同じようにコンサートの制作権、興行権、さらには映像制作権などもバラバラに切り売りされていると考えられ、となると、大量の海賊盤が出回っている日本市場にクレームをつけるのはどの権利所有者か、というジレンマが発生する。
レコード会社はブートレグCDを売らせたくないが、彼らはコンサートの音源の権利を持っているわけではない。DVDについても、来日公演の興行権をもつ企業がクレームをつけられる立場にはない。衛星チャンネルがポールの来日公演を収録、春に放送とアナウンスしているが、放送以前に発売されたDVDを法的に販売中止させられるのか? そしてポールが所属するコバルト・ミュージックは「アーチストの自由を尊重する」というポリシーを表明している。
こうした状況の今日、はたしてブートレグというものの存在を誰が否定できるのだろう。もちろん、コピーライトを無視したパッケージの売買は大きな問題をはらんでいる。だが、巨大化しすぎた音楽マーケットが抱える錯綜はより切実で、脱法商品はそこから生まれているのだ。
2014年はローリング・ストーンズやボブ・ディランという大物の公演が控えている。彼らの公演後もポールと同じ状況になることが考えられる。
しかしオフィシャル側がブートを駆逐するのは簡単である。ファンが待望しているパッケージをオフィシャルが迅速に、最良のクオリティでリリースすれば良いだけだ。ブートの音質・映像のクオリティも驚くほど向上しているが、オフィシャルは当然、それを凌駕する資金と技術をもちあわせている。大きな問題ではない。これは音楽だけでなく、あらゆる興行・メディアについていえることだ。
ブートレグ業者を盗っ人猛々しいと批判することはたやすい。しかしながらブート業界も大きな困難を抱えている。権利の曖昧な海賊盤は、海賊盤のコピーすら容易に作れてしまうということだ。老舗のブート業者が3000円で売っているCD(プレス盤)を、別の業者がコピーしてCD-R盤として1500円で売る。
ネットオークションに出ている商品は、およそその手のものと考えられる。コピーといってもデジタルメディアだから画質や音質が変わることはなく、プレス盤がCD-R、DVD-Rになるというだけ、音や映像を楽しみたいだけと割り切れるファンならそれでいいのだ(パッケージはついてるし問題ないが、コレクターはプレス盤を好む)。
さらにそのコピー盤を買った個人が、インターネットにアップロードして無料で放流してしまう。うまく情報を探せば、結果的にブートと同じ音源が無料でダウンロードできる。ブートに求めるべき性質ではなかろうが、そこに商品売買のモラルは存在しない。グレーゾーン商品はこうして常に限りなくタダに近づいてゆく。結局、誰が儲かっているのか?
もしかすると、ブート商品では誰も儲かっていないかもしれない。だが日本ではなぜか膨大なブートレグは流通する。わざわざ資金と時間を投じてオフィシャル顔負けのブートを制作する人々がいる。それらを制作しているテクノロジーは、実は日本企業が世界に誇った最良の機材であり、許容力の大きい文化の中で育ち、世界中の音楽に接し愛してきたエンジニアの情熱が、優秀なマスタリング技術を支えている。
つまり洋楽ブートレグ・マーケットというカオスの背景には日本の国情と来歴がある。そこには一種の「品格」すら潜んでいるといっていいかもしれない。洋楽アーチスト自身が、日本製ブートレグを糾弾しないのはその理由による(ポール・マッカートニーだっておそらくそうだろう)。糾弾しているのは、つまり金のことしか頭にないエージェントだけなのだ。そこに欠落しているものは......もう言わずもがなだろう。
Written by 藤木TDC
Photo by Good Evening New York City
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