「刑務所に入れてくれ」男は薬物リハビリ施設からの脱走者だった~万引きGメンの事件ファイル
TABLO / 2014年1月28日 11時36分
昨夏は、地方に出張することが多く、様々な街で複数の万引き犯と接する機会を得た。その中のひとつに、社会の闇が垣間見えた事案があったので、ここに記しておきたい。
とある地方の小さな街にある中型スーパーKで、タマゴとツナマヨのランチパックをひとつずつ万引きした二十代前半の男を捕捉した。容姿は大きくかけ離れているものの、日に焼けた肌と明るい金髪という外見が、どことなく押尾学を彷彿させる男だ。暴れることなく同行に応じてくれた男に犯行理由を聞いてみると、三日間何も食べておらず、どうしても腹が減ってしまったからだと答えた。
その間は、公園の水を飲んで凌いでいたらしい。言われてみれば顔色は悪く、目も虚ろで、足元もふらついている。記録的な酷暑の中、何も食べることなく三日間も街を彷徨っていれば、憔悴して当たり前だ。この男は、どういう境遇にある人なのだろう。ホームレスにしては若すぎると感じるが、最近は身綺麗な若い浮浪者が増えているから、その可能性は捨てきれない。
事務所に到着して被害品を出させた俺は、商品を買い取れる金(およそ二百円)を持っているか男に尋ねた。すると、ポケットの中のモノを全部テーブルに出した男は、恥ずかしそうに俯きながら二円しか持っていないといい、職業を聞けば無職だと答えた。身分を証明できるものの提示を求めても、そのようなものは何ひとつ持っていないという。仕方なく、住所と名前を紙に書いてもらうことにしてペンを渡すと、少し考え込んだ様子をみせた男が妙なことを口走った。
「施設の住所でもいいですか?」
それは、薬物依存者向けのリハビリ施設であった。その施設は、そこのプログラムで薬物依存から脱することができたと称する元薬物依存者が運営しており、悪評を耳にする機会は多い。収容者に群がる売人が存在することから、施設内での薬物使用が横行しているという噂が絶えず、入所者が覚醒剤取締法違反で逮捕される事件も発生している。現在では弁護士事務所などと連携して、薬物事件で執行猶予の付いた人や身柄引受人がいない薬物事犯の出所者を積極的に集めて収容者を増やしているようだが、ここに駆け込むことで逮捕を免れようとする(実際は免れない)ドラッグユーザーも多いと聞く。
男の場合は、大麻所持で逮捕されて執行猶予付きの実刑判決を受けた後に、脱法ハーブを吸って暴れたことで三ヶ月前に収容されたという。話を聞けば、もう全然やりたくないのに薬物中毒だと決めつけられて変な薬を飲まされたり、施設職員から毎日いじめられるのが嫌で三日前に逃げ出してきたという。
大麻や脱法ハーブは覚醒剤に比べて中毒性は低いといわれているから、もう全然やりたくないという男の話にも頷ける。どれも親の金を盗んで買っていたから、家族に見捨てられたのだと自嘲気味に話す男は、自分の愚行を後悔しているようにみえた。
執行猶予中だというので、被害届を出されれば刑務所行きは確実な状況だ。しかし、この店の方針は警察を呼んだとしても、商品を買い取ってもらえれば被害届を出さないのだ。つまり、誰かに二百円ほどの金を立て替えてもらえれば、刑務所行きは免れるというわけだ。
「お金を払えれば被害届は出ないけど、誰か迎えに来てくれる人はいますか?」
「実家は遠いし、入所する時に家族や友達との縁を全部切らされたので、助けてくれる人は誰もいません」
全ての人間関係を断たせて頼れる者のいない状況を作り、自宅から遠く離れた施設に収容するのは、帰れるところを失くすことで治療に専念させるためだという。薬物依存から脱却することは、非常に難儀なことであるから、これは仕方のないことだ。それに薬物依存者を抱えた家庭は、その対処法を知らずに、彼らを見捨てる機会を窺うようになるといわれる。
この施設に預ければ毎月十六万円程度の費用がかかるが、金を払ってでも離れたいというのが本音なのだろう。しかし、本人が回復できた場合、どのように関係を修復するのだろうか。そう考えると、この施設が現代版の姨捨山のように思えてきた。
「これから、どうするつもりだったの? そんな状況なら誰かに助けてもらわないと、食事にありつくのも大変でしょう」
「そういうことになりますね。どうしたらいいのでしょうか。もう、腹が減って死にそうです......」
通報を受けて到着した二人の警察官に、ひと通りの状況説明をして男を引き渡すと、班長と呼ばれている初老の警察官が、施設の人に来てもらうしかないと説得を始めた。犯歴照会の結果、執行猶予中であることの裏付けも取れてしまったので、出来るだけ早く穏便に済ませたいらしい。
「施設の人だって、君のことを探していると思うから、迎えに来てもらおうよ」
「いや、脱走した人は探さないです。先月、三十代の人が脱走して熱中症になって公園で死んじゃった事件もあったけど、その時も探しに行かなかったし、それどころか預かり金が自分のモノになったと喜んでいたくらいですから......」
現場に臨場した警察官の一人が、たまたま事件を担当していたので、この話が事実であることに疑いの余地はない。寄付金や献金を幅広く募って、その資金を基に活動している施設が、金を貰って収容している人間の脱走を放置して死に至らしめた事実は重い。その上、男の言うように死者の遺した金や収容者の生活保護費を着服しているとすれば、到底許されることではないだろう。
「このままだと、懲役行くことになっちゃうと思うけど、それでもいいのかい? 刑務所はきついぞ。人間扱いしてくれないぞ......」
「これ以上あそこの世話にはなりたくないし、あんな狂った人達と一緒に生活するくらいなら、刑務所に入れられた方がいいです。俺、執行猶予中だし、刑務所に入れてもらえますよね......」
施設に戻ることなく死を選ぶ者がいれば、施設に戻るより刑務所行きを望む者もいる。この状況から考えると、施設の運営方針に問題がないとは思えない。結局、その施設を監督する立場にある弁護士に身柄を引き受けてもらうことになった男は、彼に商品代金を立て替えてもらうことで刑務所行きを免れた。その後のことは分からないが、薬物に手を出すことなく、真面目に生活していることを願う。
後日、一連のことを問題視した捜査機関が施設の実態捜査に乗り出し、それに合わせて地元ローカル局も取材を開始したと聞いた。この施設の闇が暴かれ、薬物依存者の人権が守られる日が来ることを、大いに期待したい。
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Written by 伊東ゆう
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