いま「避妊具自販機」って激減してる? 既に“大人になっていた”平成を振り返ってみた|中川淳一郎
TABLO / 2019年5月21日 11時31分
前回まで「俺の昭和」というタイトルでロスジェネ世代にとっての昭和を振り返ってきたが、時代が令和になってしまった。ということは、2つも前の時代を懐古しているわけで、そりゃさすがに過去を見過ぎだろうよ、ということで、「これからは、平成を振り返りますか?」と久田将義編集長と岡本タブ一郎副編集長に聞いたところ「それもありだな、ウヒヒ」とお返事をもらえたので、平成をこれからは振り返っていく。いや、時々昭和も混ぜるかもしれないが、これまでの「昭和しばり」ではなくなるということだ。
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さて、平成だが、私が初めて平成に触れた時は平成4年になっていた。一体何を言っておるのだ、お前は平成4年生まれか? サバ読んでんじゃねぇよ、ということではなく、昭和62年(1987年)10月から平成4年(1992年)7月までアメリカに住んでいたため、帰国したら時代がいつの間にか変わっていたのである。
翌年から私は大学に通うことになるのだが、大学と切っても切り離せないのがエロ本の自販機である。平成末期にはすっかりエロ本は消え、コンビニからの撤去を要求するなどの動きも出たが、平成時代にもエロ本自販機はあったのである。あと、避妊具の自販機もそこら中に存在していた。おいおい、エロ本自販機にまつわるバカ話もあるが、避妊具自販機にまつわる大バカ話もあるのを思い出してしまったじゃねーか。よし、エロ本自販機の話は次回にし、今回は避妊具自販機の話を書いてみよう。
あれは大学3年生になる直前の春休みだった。21歳だった僕は(青春物語風なので「私」とか「オレ」と言ってられない)、孤独と寂寥の真っただ中にいた。最も仲の良かった友人が留年をすることとなり、彼は東京・小平のキャンパスに残留し、僕は東京・国立のキャンパスに進学することとなった。春休みで帰省する友人だらけだったため、誰とも会わない日々が続いていた。それでももしかしたら誰かに会えるかも、と国立の大学通りで満開の桜の下、キリンの「春咲き生ビール」を飲んでいた。
あの頃は「季節限定ビール」がよく登場しており(って、これもネタになるじゃねーか!)、春咲き生ビールのCMでは忙しそうに街を歩く大塚寧々の前に突然桜の花びらが舞い落ちてくる。そこで大塚は「あ、春……」と気付く。恐らく、季節感を失うほどの状況になるほど社畜状態で猛烈に忙しかったが、桜の花びらにより春が到来していたことを気付く、という演出だろう。そこから場面は休日の午後、仲間とワイワイホームパーティをするシーンに変わる。EPOの「う・ふ・ふ・ふ」の軽快なメロディに乗せ、先ほどまでのシリアスな表情から笑顔の大塚が「春ですから」とビールをガンガン飲むというCMである。
この、冒頭の孤独な大塚と自らを重ね合わせては、春咲き生ビールをつまみなしで一人飲む僕は、限りなく人との会話と肌の触れ合いを求めていた。
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そんな中、同じような状況にいたのが智子だった。智子は別の大学に通う同級生で、僕と同様に友人のいない春休みを送っていたことから、パーッと飲みたくなったのだという。彼女とは2年ほどの付き合いだったが、時々大勢の飲み会では一緒になっていた。初めてのサシ飲みとなったが、行ったのは下北沢の「F」というバーだった。人と会うのが久しぶり同士の会話が盛り上がらないわけもなく、僕たちはハイネケンの瓶を次々と頼み、店が閉店時刻を迎える午前2時の段階で、36本のハイネケンを開けていた。
とっくに終電は終わっており、僕と智子はなだれかかりながら夜道を歩き、2駅先の駒場東大前の東大キャンパス内にある駒場寮の部屋を目指した。ここは下北沢で飲む時の泊まり場所になっていたのだ。部屋に着いたら、住民のYという男がいた。
「あ、こんばんは。お久しぶりですね」とYは言った。
僕らはグデングデンに酔っ払っていたので「あ~、Y君、ごめんね~、うるさくしちゃってさ~」なんてハイテンションでYに絡んだ。こたつを囲み3人で30分ほど喋っていたのだが、Yは「明日、僕早いのでそろそろ寝ますね」と言った。僕と智子はこたつで2人してしばらく喋っていたのだが、ふとこたつの中で足が当たった。
これが一つのスイッチとなったのだろう。部屋の電灯のスイッチを切り、僕たちはYとは反対側の壁際にある布団に向かい、接吻をした。あそこの一物はすでに完全怒張しており、智子も「当たってるね」なんて笑ってくれた。そしていよいよ服をぬぎかけたところで智子は「待って」と制止した。一番いいタイミングで何を言い出すのだ、と思ったが智子は一言だけいった。
「コンドーム持ってる?」
「持ってない」
「ゴメン、買ってきてくれないかな」
「分かった」
僕はすぐにリーバイスのGジャンを身につけ、春とはいえまだ寒さが残る東大駒場キャンパスの中を突き抜け、裏門を出てエロ本の自販機を目指した。エロ本の自販機がある場所ならば避妊具の自販機もあるのでは、と思ったのだ。しかし、その目論見ははずれた。コンビニに行けばいいじゃないか、と今の時代の人ならば思うかもしれないが、当時はコンビニの軒数も少なく、なかなか見つからなかったのである。そもそもコンビニにそんなものが売っているとは知らなかった。だから自販機を探さざるを得なかった。だが、エロ本自販機の脇には避妊具自販機はなかった。それもそうか。自分一人のためのエロ本だから避妊具は不要である。アテがはずれた僕は脱兎のごとく渋谷方面に向け、山手通りを走り始めた。
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当時入っていた登山部では、もっとも長距離走が速かった僕は、周囲を見回しながら自販機を探し、走り続けた。ついに松見坂まで来てしまった。もはやここまで来ると最寄り駅は池尻大橋になってしまう。1km以上は走っているだろう。それなのにまだ見つからない。自販機は住宅地の近くにあるはずだ、という勘が働き、人気のあまりないエリアに向かって走り始めた。真剣に走るものの、頭の中で考えていることは、先ほど生で触った智子の胸と酒とタバコの香りがする口のいやらしい匂いだった。それを想像するだにあそこが再び硬度9の状態になり、走りづらくてたまらない。
もう3時頃にはなっているだろう時間に住宅街を猛ダッシュしていればそりゃ怪しまれる。パトロールをしていた警官から「止まりなさい!」と声をかけられた。職務質問だ。
「こんな時間に何をやっているんですか?」
「えっとぉぉ、自販機を探しているんです」
「何の自販機ですか?」
僕はここで「カルピスの自販機を探しておりまして」などとウソをつこうかとも思ったが、まさかカルピスのためだけに必死の形相で走り続けるなどあり得ない。もしも警官が「カルピスの自販機だったらすぐそこにありますよ。ついていきましょうか」と言ったり「なんでそんなにカルピスが飲みたいのですか? コカ・コーラの自販機じゃダメなんですか?」と質問をしてきても明確な答えは出せないだろう。ならば本当のことを言うしかない。僕は意を決してこう警官に伝えた。
「ひ、避妊具の自販機です!」
警官はまさかの不意打ちにガクッと来てしまい、急激に鋭い目つきが、困惑した目つきに変わった。
「ほ、本管は避妊具の自販機の場所は分かりませんなぁ。お、おつかれさまです。ご協力ありがとうございました」
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かくして職質からは逃れられたのだが、そこから避妊具の自販機を発見するにはあと20分走り続ける必要があった。ようやく見つけ、300円だかの大金をぶち込んで小箱をGジャンの内ポケットに忍ばせ駒場寮の部屋に戻ったら智子はいびきをかいてグースカ寝ていた。
「智子、買ってきたぞ」と僕は言い、彼女を起こした。
「あ、中川くーん、お帰り~。やろー、やろー」
そう寝ぼけ眼ながら智子は言い、僕の唇に唇を押し付け、舌を入れてきた。そして、右手で僕の下半身に蠢く邪悪な蛇を弄ぶかのようにこねくりまわす。まさかいきなりその状態になるとは想定もしておらず、僕は「ちょっと待ってくれ、待ってくれ!」と言うも智子はやめない。
いや、この1時間ほど、ずっと淫らなことばかり考えてきた脳味噌と、怒張し続けたアソコはこの突然の超絶刺激に耐え切れず、ついに暴発してしまった。
「えっ、あれ、えっ?」
「ごめん。もうずっとこの状態で突然の刺激でもう耐えきれなかった……」
まったく心の準備ができていなかったこともあり、こんな結果になった。猛烈ないびきをかく智子の横で僕はずっと天井を見ながら、自販機があそこまで見つからなかったことを恨むのだった。
と、猛烈にアホな話を書いてみたが、これがトレンディードラマブーム終了後、そしてバブル崩壊後の大学生の過ごしてきた平成初期の空気感の一つである。(文◎中川淳一郎 連載『俺の平成史』)
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