ひきこもりは殺人者になるのか 人間が事件を起こしてしまう5つの条件|川崎・登戸カリタス小殺傷事件考察
TABLO / 2019年6月2日 9時0分
登戸での事件での多数の被害者の方々への冥福を祈りたい。僕はこれまで津山事件などの大量殺人事件の取材をしているうえ、実は最近では長期ひきこもりの支援をしており、年間800回以上の家庭訪問を重ね、その数は累計では10000回を越えている。長期ひきこもりの当事者や家族の現実を、おそらく最もよく知る者の一人かもしれない。
そのうえで今回の事件の性質をあえて一言で述べるなら「無理心中」のようなものと言えるのではないだろうか。そして、心配する点として、今回の事件でひきこもりを「犯罪者予備軍」のように考える偏見が蔓延するのではないかということを恐れている。
確かに今回の実行者にはひきこもり経験があるが、僕の支援したケースを見る限り、ひきこもり当事者は圧倒的に加害者より被害者になることの方が多い。ただ、ごく少数の今回の事件の実行者のような人が出て報道され、クローズアップされると、ひきこもりへの偏見や誤解、理不尽な風当たりが強くなってしまう。
取り締まりを強くしようなどという意見が強まるかもしれないが、そんなことで今回のような事件を容易に防げるとは思えない。むしろ誰もが暮らしづらい世の中になる。残念なことだ。
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人が最も事件を起こしやすい5要素
ひきこもりだから事件を起こした、なんてことはない。無理心中とも言える大量殺人衝動は、ある状況、条件が揃えば、誰でも実行しうるものかもしれないのだ。
無理心中的な大量殺人を犯す実行犯の環境をつぶさに眺めると、共通したいくつかの条件が揃っていることがわかる。僕は次の5つの条件が揃うと、人は事件やトラブルを起こしかねないと考えている(無論、必ず事件を起こすわけではない。下記の他にも自己肯定感や承認欲求が満たされないなどの要件は考えられうる)。
1 深刻な孤立状態に陥る
2 当面どうしていいかわからない、見通しが立たない
3 将来の展望や希望が全く喪失してしまった
4 経済的物質的に逼迫して生存の見通しが立たなくなった
5 事件を起こすきっかけのようなことが生じた
もちろん、ひきこもりは1の条件を満たしやすい。しかし、他の条件を全て用意に満たすことは極めて少ない。多くのひきこもりは、被害妄想より、加害妄想のような念を抱く人もいて、日頃常に自分が何か迷惑をかけているのではないか、と怯えている人が少なくない。
事件の予防を考えるとき、重要なのは4の条件だ。現在は日本経済が停滞し、様々な貧困が庶民を襲う。生活に安心感をもたらすために、例えばベイシックインカムのような「誰でも」最低限の生存を保証する制度を導入すれば、社会的コストはかかるが、今回のような事件の抑止に案外つながるのではないか。今回の事件を起こすような者は、自分から福祉や医療に助けを求めたりすることは極めて不得意だ。生活保護などの日本の福祉は申請主義が原則で、プライドや自信を喪失している人々は、申請したくてもできないため、福祉の網の目から漏れることが多い。
またひきこもりや障害者のための補助や支援などは、頑なに受けようとしない人も少なくないので、ベイシックインカムのように誰もが恩恵を受ける制度の方が有効だ。
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ある引きこもりの叫び「一人で死んでたまるか」
さて無理心中の説明をしよう。この実行者は犯行後に自殺を図って死亡した。一人で死ねばいいのに、という意見もあったが、長期間上記の5つの条件下で生きると、強い怒りや憤り、嫉妬や嫉みなどを抱くことがある。
かつて秋葉原事件があった直後に新宿の雑踏にアーミーナイフを持って飛び込んで、大量殺人を画策しようとしたものの、びびって全くの未遂に終わったひきこもり経験のある若者は次のような言葉を吐いた。彼は新宿の駅前を楽しく闊歩する若者たちをターゲットに考えていた。
「一人で死んでたまるか。ぬくぬくと苦労もなく楽しく生きる連中を道連れにして死にたい!」
まさに無理心中である。彼は萎縮して何もしなかった(もちろん、大半の人は萎縮して、そう思っても実行を思いとどまる)。そして、もし実行していたとしたら、被害者はとばっちりを受けて、流れ弾に当たったようなものとなる。被害者自体は何も悪くない。ただ、彼が何の悩みもなく楽しそうに生きる人たちに嫉妬して、勝手に逆恨みしたに過ぎない。
だが、僕は一方でこの彼が20年以上、孤立して、いじめられて、親に捨てられて、虐待されて、自分で腹を裂いて、ずっと悩み苦しんで、我慢していた事実も知っている。だから、僕は彼をそのとき支援した。そして、彼は犯罪者とならずに元気に自活している(幸せと言えるかわからないが)。彼はまもなく50歳になるところだ。
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54歳引きこもり女性「生きる見通しがたたなくなったら…」
不遇な少年少女時代を過ごした人の中には、明るく元気に笑う子供たちに猛烈な怒りと憎しみを抱く人もいる。前に話を聞いた女性は「子供の声を聞くと、怒りがわきあがって何をしてしまうかわからない。傷つけてしまうかもしれないから、それが怖くて、子供が近所を歩いているかもしれない時間は自分のアパートで鍵を閉めてひきこもっている。世界から子供がいなくなってほしいし、自分は子供を絶対に産まない!」と言っていた。
まったくの理不尽で、見当はずれの怒り方である。
しかし、彼女は両親に性的、物理的虐待を重ねられ、早々に見捨てられ、僕が会った時は離人症(解離性障害の一種で、ストレスがたまると、自分の心が体からずれて後ろに下がって、自分の肉体を見ているように感じる)を患っていた。
今回の事件の実行者は子供への見当はずれの強い怒りを抱いていた。もしかしたら、この彼女の気持ちと通じるものを抱えていたかもしれない。
「自分が絶望して、どうしていいかわからなくなって、生きていける見通しもたたなくなったら、自分は気が狂って、今回のような事件を起こしてしまうこともあるかも…」
そう話す彼女は、もうすぐ54歳になる。ほぼひきこもり状態で一人暮らしをしている。
このような事件の実行者を許せと言っているのでは断じてない。むしろ事件を起こしたからには、きちんと裁かれて、罪を償うべきと考えている。ただ、社会の側も無理解でいていいとは思わない。
事件を起こすかもしれない人でも、上記の5つの条件を崩して消してしまえば、普通の人生を送ることができると考えられる。だから、社会がひきこもりなどに偏見を抱いたりしないで、誰もが安心して生活できるようになれば、今回のような事件は予防できる。僕はそう信じている。(文◎石川清)
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