津軽半島の奇妙な風習「人形婚」~封印された日本のタブーを探して

東京ブレイキングニュース / 2014年3月8日 10時15分

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 津軽半島の中ほど、国道339号からキャンプ場のある広い公園に入ると「川倉賽の河原地蔵尊」が見えてくる。

 ここは津軽の地蔵信仰の中心であり、恐山よりディープと言われる霊場だ。川倉の地蔵堂に出向けば、奉納された二千体を超える地蔵を見ることが出来る。全て水子や幼児など子供たちの魂を安置したものだ。色とりどりの着物やヨダレ掛けを着け、口紅をさしたものもある。地蔵たちの向かいにはランドセルや衣服などが幾つもかけられている。生前に愛用した物というより「生きていれば小学生になる歳だ。こんな背丈だろう」と遺族が新品を購入して奉納する場合が多い。

 ここを出たすぐ横に水子地蔵堂がある。しんと冷える簡素な建物の中に入れば、ガラスケースに入った人形がずらりと並んでいるのが目に入る。よく見ると、男女の若者・幼児の写真が人形の前に立てかけてある。一種、異様とも思える光景だが、これは未婚で亡くなった若者や幼児に死後の結婚をさせる、東北地方の「冥婚」の風習である。似たものでは絵馬に結婚の様子を描く山形県の「ムカサリ絵馬」が有名だが、津軽では人形と結婚させる形をとる。

 それら人形の配偶者は実在する人間をモデルにはせず、架空の名前をつけた架空のキャラクターであるのが普通だ。このような風習の背後には「不憫だからせめて形だけでも結婚させてやりたい」という遺族の純粋な感情があるのは間違いない。だが同時に、未婚で死んだ死者は正常な生を全うしていない霊=祟りなす怨霊である、という宗教感覚がここ東北の地に根付いているのも事実だ。

「無縁仏」とは単に身よりのない死者を指すだけではない。祖霊(ご先祖さま)になれなかった死者一般を指す言葉で、水子、幼児、行き倒れなど、正常な死を全うできなかった者たちが当てはまる。「家の存続」が重視された時代には、結婚しない・子供をもうけないで死んだものもここに当てはまる。現代人にはピンとこないだろうが、未婚で死んだ男女は「家」に組み込まれない「無縁」の仏とみられたのだ。

 それらの死者はきちんと弔わなければ、荒魂(あらみたま)として生者に祟りをなすかもしれない。ここには不憫だという感覚と同時に「結婚させなければ祟られる」という恐れも含まれている。これを解決するのが冥婚の儀式であり、上記したランドセルなどの奉納だ。例えば3歳で死んだ女の子がいたとして、小学校に上がる歳にはランドセル、年頃になれば化粧品を供え、適齢期には花婿人形と冥婚させる。こうして死者は一人前となり、怨霊としての荒魂から、家族を守る和魂(にぎみたま)に変わり祖霊として祀られる、という仕組みだ。

 人形を用意させて結婚させるという風習が始まったのは古くて昭和30年頃、定着したのは1980年代というから、意外にも新しい。それまでは地蔵像が人形と同じ役目を果たしていたそうだ。これは逆に言えば、近年に「人形婚」としてリニューアルしてまで、この風習を続けようする人々が多かったということだ。津軽の宗教観・死生観は形を変えながらも脈々と受け継がれている。

Written by 吉田悠軌

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