ゲイの世界遺産...ハッテン場発祥の地「竹の家旅館」探訪記
TABLO / 2014年8月1日 16時38分
いまだ猥雑な魅力を放つ大阪・西成。中でも日雇い労働者のオッちゃん達がウロつく釜ヶ崎と、色とりどりのチョンの間が並ぶ飛田新地は、日本で最も有名な(本来の意味での)サブカルチャー・スポットと言えるだろう。
だが、釜ヶ先と飛田のちょうど中間地点に「ゲイ・カルチャーの聖地」があったことを知る人は少ない。商店街の裏通りでひっそりと、出会いを求めるゲイたちのエネルギーが渦巻く、伝説の建物。日本最初のハッテン場施設、「竹の家旅館」である。
インターネットの普及によって、恋愛における出会いは飛躍的にスムーズとなった。それは異性愛者のみならず、いや遥かに大きな恩恵として、同性愛者たちの交流に役立っていると思われる。しかしネット登場前、さらに『薔薇族』などのメディアが出現する以前には、ゲイたちが出会える場所は非常に限られていた。
戦後すぐのゲイ・カルチャーと言えば、上野公園を思い浮かべる人が多いだろう。上野の森には女装男娼がズラリ立ち並び、夜ごとの解放区となっていたようだ。それとは別に、素人同士が出会うハッテン場としては、日比谷公園が代表格だった。だが野外の公園ではなく商業施設として、明確に出会いを提供する場というものは、戦後から十年ほど待たなければならかなった。
それは東京ではなく大阪、西成の一角に生まれた。竹の家旅館は、ハッキリとゲイの人々が"お楽しみ"目的に集まる場所であり、野外のハッテン場にて警察に追われることのないアジールとなったのだ。ウリセンを常備させるような宿は各地域にもあったし、一説では山谷「砂川屋」が元祖ハッテン宿とも言われる。ただ、「素人の客同士が出会う場として長年に渡り経営し、後のゲイ・カルチャーに影響を与えた」のは、竹の家旅館ということで間違いないだろう。
『薔薇族』27号(1975年4月)に寄稿された、志賀淳「竹の家物語」の文章によれば、内部の様子は以下の通り。
「一階は個室ばかり六部屋ほどで、二階は階段のとっつきに十六畳と十二畳ほどの大部屋」と奥まった所に十畳ばかりの大部屋。その間に廊下を距って六畳ばかりの中部屋が二つ。(若者たちは冗談にここを解放区と呼んでいたようです)」
当時は同種の施設がなかったこともあり、経営は大当たり。大阪や東京のみならず日本全国からゲイが集まり、個室も大部屋も常に満員御礼の状態だったという。噂は外国まで飛び、「グリーンハウス」として、その道の人々の日本必訪スポットとなった。有名人の常連では、三島由紀夫はもちろんのこと、ラジオでも活躍した大物俳優、一世を風靡したファッションデザイナー、レジェンド級のプロ野球選手なども足しげく通っていたそうだ。
他にも、「ミヤコ蝶々が中を覗かせてくれ、と頼みに来た」「外観は2階建てだが中二階に暗闇部屋があり、顔も見えずに体をまさぐりあった」「さらに細長い部屋ばかりの三階(屋根裏?)があった」「最盛期には250人ものゲイが連日訪れ、ついには床が抜けてしまった」などなど......。あくまで噂の域を出ないが、竹の家旅館にまつわる伝説は数限りない。インターネットも無く苦労した時代の、だからこその古き良き思い出として語り継がれる、往年のゲイにとっての「約束の土地」といったところだろうか。
そんな竹の家旅館だが、時代を経るにつれて多くのハッテン場施設が開業し、ゲイ同士コミュニケーションの簡易化もあって客足は減少、来るのは老年客ばかりとなっていったようだ。そして21世紀に入り、ついに閉鎖となるのだが......その廃業がいつだったのか正確な年月は判っていない。2004年出版の伏見憲明・著『ゲイという「経験」増補版』(ポット出版)の紹介では廃業したという注釈が無いため、おそらく2005年閉鎖説が有力だろう。
http://n-knuckles.com/discover/img/mukasinotakenoya.JPG 今年の初夏、廃墟となって久しい竹の家旅館の建物を探訪してみた。現在は某激安スーパーの倉庫として利用されているというが、真偽は不明。あちこちに崩落が見られるため、建物自体の撤去も時間の問題だろう。外壁に申し訳程度に残された、竹笹を模したタイルが、往時の面影を残しているのみだった。ゲイ・カルチャーの伝説的聖地でありながら、人知れずひっそり終焉を迎えた、竹の家旅館跡地。その廃墟の前に立ちながら、インターネット掲示板に書き込まれた壮年ゲイ達の書き込みを読んでみた。
「ゲイの世界遺産として登録決定ね!」
「2階はめくるめく大広間だね。此の2階がパラダイスでした」
「竹の家には何か実家に帰ったような何となくほっとする物が有った様なきがします。ここはホモの治外法権みたいな......」
「時を越え、いつかの夜、竹の家に行ってみなさんに会いたくなったわ」
Written Photo by 吉田悠軌
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