オタク差別を招いたアダルト業界の「過激描写チキンレース」に未来はない!

TABLO / 2014年8月4日 18時0分

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オタク規制強まる中で求められる「クリエイター側の自浄」

 ろくでなし子氏の逮捕や岡山の女児監禁事件に関して、何度か表現規制やオタクバッシングについて記事を書かせていただいたが、今回は何より急務と思われるテーマを扱おうと思う。それは「クリエイター側の自浄」である。

 特にエロコンテンツに多いのだが、一昔前では考えられなかった一線超えた表現が当たり前とされてしまっており、堂々と小学生であると明言されたランドセル姿の女の子が犯されたり、また小○生といった伏せ字になっていない伏せ字で誤魔化されていたりと、正直に言って「お前らそりゃ規制されて当たり前じゃないのか?」といった作品がゴロゴロしている。

 さすがにこうした無茶な作品を表現の自由という武器だけで庇うのは不可能だ。その路線でいくら抗議しようと、後から後からこの手の作品が供給され続けるようだと、世論は絶対に味方にはついてくれないだろう。となれば、なし崩し的に「アレもダメ、コレもダメ」となり、最悪の場合は単純所持でガラを持っていかれる事になる。

 そこで、いっそ10年以上前の業界基準に戻し、最低でも「登場人物は全員18才以上です」という注意書きの記載を厳命し、ランドセルや学帽といった露骨に女児と解る表現も禁止にしてみてはどうか? 「それ風」や「そう見えなくもないかもしれない」といったモヤモヤした表現は守るとしても、「それそのもの」を描くのは控えるべきだ。

 こうした自主規制を求める声には反発も強いだろうが、そんな事を言っていると「もっと悪い結果になる」という現実を知った方がいい。今ならまだ「小学生っぽく見える」や「中学生風」といった表現を守れる可能性がある。ところが、ここで突っ張るとそうした表現の一切が禁止される可能性が高いのだ。

「たまたま絵柄が子供に見えるというだけで、実際は20歳です」← こうした注意書きひとつを飲み込めれば、だいぶ戦いが楽になるのである。

 そもそも、そうした設定があるとヌケないだの楽しめないだの言う奴は、オナニーのセンスがないから諦めろと言いたい。その程度の脳内補完や妄想や置換ができなくてどうする?

 例えば、00年代初頭に発売されたPCゲーム「はじるす」(はじめてのおるすばん・ZERO)は、作中に登場人物が18才以上であると明記されていたにもかかわらず、衝撃的なロリ作品として大ヒットした。ようはアレでいいんじゃないのか?

 エロコンテンツを供給する側、それでビジネスをする側の、より儲けが欲しいという気持ちも解らないでもないが、目先の金のために「その業界全体がお取り潰しになる可能性」についてもう少し考えて欲しい。

 またユーザーも、多少気に入らない表現や注意書きがあったとしても、それのお陰で自分達のズリネタが確保出来ているのだと自覚し、諦めるべきは諦めて欲しい。

 マンガ・アニメ・ゲーム・AVといったエロコンテンツは、何かあった場合に仕事をした気になりたい連中が真っ先にやり玉に挙げようとする。だからこそ、敵に突っ込まれるより前に、自発的に業界として防衛策を講じるべきなのだ。

 少なくともエロマンガ等にある「今犯されている女の子は小学生です」という補足など、最もやってはならない愚行である。そこは逆......というか自殺行為だ。「今犯されている女の子は20歳過ぎのオトナです」と言わねばならないに決まっているだろう。子供が犯される描写を許せというより、モザイクを撤廃してくれという方がより実現性が高い。子供とセックスとは、世界的に見てもそれくらいのご法度なのだ。

 今までエロコンテンツ業界が金欲しさにチキンレースをし過ぎてしまった結果が、今のこの苦しい状況なのである。表現の自由なんて、使い方を間違えたら何の効果も発揮できない弱々しい武器なのだから、退くべき所は退きましょう。

Written by 荒井禎雄

Photo by he-sk

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