両国大会チケット完売...インディ系プロレスDDTと「ももクロ」の共通項

TABLO / 2014年8月14日 20時0分

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Photo by 俺たち文化系プロレス DDT / 高木三四郎

 

 以前このような記事を書かせていただいた(『2団体同時に所属契約の快挙、プロレスラー飯伏幸太って何者?』http://n-knuckles.com/case/society/news000536.html) が、インディプロレス団体のDDTがまたも偉業を達成した。なんと8月17日に行われる両国国技館大会のチケットが、前売り段階で全席完売してしまったそうなのだ。当然、今年の両国大会は当日券がない。

 国技館はステージの作り方にもよるが、だいたい7,000~1万人程度のキャパシティなので、アリーナやドームでの興行と比べると大した話には聞こえないかもしれない。しかし、注目すべきはプロレスというジャンルが一度滅んだも同然のコンテンツであるという事と、成し遂げた団体が全国区の有名選手が殆どおらず、スポンサーも持たない、DDTというインディ団体であるという点だ。

 実はこのDDTという団体は、未だに古い考え方のプロレスファンや業界人にはウケが良くない。なんせ専門誌にも「あんなのインチキだ」「プロレスの面汚しだ」と、名指しで嫌味を書かれるほど邪険に扱われていた不遇の存在だったのだ。そんな最底辺から、独自のセンスと戦略だけを頼みに自力でのし上がったのである。そういう点では、プロレスファンよりも、むしろグループアイドルファンにこそ素直に納得して貰えるであろう歴史を持っている不思議な団体と言えるだろう。

 DDTの旗揚げメンバーらは、「PWC」「IWA格闘志塾」「屋台村プロレス」といった、プロレス業界の最果てのようなどインディ団体を出自に持っている。アイドルで言うならば、ご当地の人にも全く知られていないご当地アイドル......いや、むしろ○○商店街でしか通用しない自称アイドルのようなポジションか。

 彼らはリングの魂というテレビ朝日系列の深夜番組で一躍人気者になり、某ピザ屋のCMにも出演していた某選手の下でデビューするも、肝心のその代表選手が団体ごとほっぽり投げてしまい、路頭に迷った無名の若手レスラーだけでDDTを旗揚げしたという夢も希望もない始まり方だった。

 その旗揚げメンバーのひとりで、学生イベンターとして知る人ぞ知る存在だった高木三四郎(現DDT代表) は、そんなどん底の状況から自分にあるノウハウや人脈を駆使して、他の団体では絶対にやらないような方法論で団体を生きながらえさせた。

 例えば、プロレス会場に渋谷のクラブを使ってみたり、そこに個人の人脈でギャルや女子高生を集め、それをウリに週刊誌に記事を掲載してもらったりと、「それしかなかったから」という理由で独自過ぎる手法を次々と打ち出したのだ。この初期段階の時点で「普通と何かが違うプロレス団体」というカラーが完成していたと言える。

 だが、その後しばらくの間はDDTは単なるどインディ団体のひとつとして、辛うじてプロレス業界の底辺にぶら下がっているという程度だった。下北沢の北沢タウンホールなど、小学校の体育館よりも狭いような会場を埋めるのがやっとで、出場する選手も名前も聞いた事ないような無名のインディレスラーばかり。

 しかし、これまた「他に手段がないから」といった事情でやっていた、遠慮なく打撃を入れ合う「通称:バチバチ系ファイト」がジワジワと評判を呼び、次第に大きな会場で興行を打てるようになっていった。なんせ「ヒクソンを持ち上げた男」こと格闘家の木村浩一郎や、初代修斗ウェルター級チャンピオンが選手として、またコーチとして参加していたのだから、それも頷けよう。

 そしてプロレスの聖地こと後楽園ホールで定期的に単独興行を開ける規模になった前後に、ゼロワンやみちプロなど当時のDDTとは比較にならない有名団体との交流が始まる。この時に獅子奮迅の活躍を見せたのが、2mの脚立を自在に操る身長160cmのプロレスラーMIKAMI(DDT旗揚げメンバー)だ。彼はDDTの名を売るべく、他団体のリングで2mの脚立の上から椅子の山に突っ込むといった自殺的なファイトを繰り広げた。そのインパクトが評判を呼んで、ジュニアヘビー級のオールスター興行的な大会に呼ばれるまでになり、DDTに "普通のプロレスファン" の目が集まる事になる。個人的にTIFでのももクロ伝説に相当するのが、このMIKAMIの文字通り命がけの出稼ぎだったように思う。

 その後、学生プロレス出身で、某インディ団体での透明人間との死闘で大きな話題を呼んでいた男色ディーノが入団し、彼の変幻自在のゲイ殺法がプロレスファンを飛び越えて一般層にウケ始める。そんな流れの中でデビューを果たしたのが、DDT・新日の2団体所属で知られる、業界の宝物こと飯伏幸太だ。

 このように少しずつ生え抜き選手が増え、変な団体にクセの強い変な選手が集まり、変な場所で変なルールで試合をするといった変な活動を続け、気付けばDDTは後楽園ホールはおろか、両国国技館や日本武道館、そして両国国技館2DAYSをフルハウスにするほどの団体へと成長し、頭の固いプロレス業界人も認めざるを得ないほどの存在になった。 業界盟主の新日本プロレスを始め、有名団体が軒並み落ち込んだり分裂縮小を繰り返す中で、DDTは着実に集客力と知名度を上げて行ったのだから無理もない。

 DDTは力道山時代から続く業界の格や序列を、業界の内部からぶっ壊してみせたのであり、これはUWFや総合格闘技が、どちらかというと既存のプロレス業界の外側から揺さぶりをかけた方法論とは全く異なっている。Uや総格は「プロレスとは違う」と言い張って人気を得たが、DDTは必死に自分達に出来るプロレスをやっているのに業界に認めて貰えず、それでも独自解釈のプロレスを世間に認めさせてここまで来たのだから。 言ってみれば「プロレス」という単語の意味を力ずくで変えてしまったようなエポックメイキングな団体なのだ。

 また、DDTの特徴は「訓練された客」にある。 DDTは17年にも及ぶ長い歴史の中で、マッチメイカーが危険ドラッグでもやりながら考えたとしか思えない奇想天外すぎる試合を何度もぶちかまして来た。それを払った金の分だけ楽しむには、観客達が自分の中の価値観を一度壊し、DDTの世界観に寄せる必要があったのだが、そんな事を繰り返す内にDDTファンはある種の達観した変な人種になってしまい、目の前で起きている事象を全て受け入れて参加するという特殊技能を身に付けてしまったのである。

 よくアイドルの現場(ライブ会場)でファン達の一糸乱れぬ応援が見られるが、DDTファンも10年以上前から同じようなノリだった。レスラー達はリングで全力のパフォーマンスをし、それを見守る観客はその時その時で最良のリアクションを返す。何か特別なアナウンスがあった訳でも、ファンクラブのお約束がある訳でもないのに、DDTの客および会場の空気は自然とそうなったのだ。飯伏幸太とダッチワイフの試合(あえて解りやすくこう呼びます)を見て、本気で感動して泣いてしまった客が大勢いたのだが、あれなど興味のない人からしたらヤバイ宗教の集いだと思われるだろう。だがDDTの会場に行くと、初見さんでも自然とそうなってしまうのである。

 このように、DDTとは現在のアイドルグループ隆盛の時代にあって、実はどのアイドルグループよりも先に立身出世物語を武器に成功を重ねてきた団体なのである。ひとによってはDDTの歴史をAKBと照らし合わせるだろうし、ももクロと重ねるひとも多いだろう。

 しかし、DDTは97年の旗揚げ時から「最底辺から這い上がる歴史そのものが商品です」という手法を続けて来たのだから、現在大人気のすべてのアイドルグループの先祖と呼べてしまう稀有なプロレス団体なのだ。

「若い女の子たち」と「むさくるしい半裸の男たち」では商品力に差があり過ぎるので、速度・瞬発力ではアイドルグループには敵わない部分もあるが、それでも一度世間から見放されて、徹底的に商売として落ち込んだプロレスでここまでの物語を見せてくれているのだから、その意味ではDDTの実績と底力は計り知れない。

 古参も新参も特にいがみ合う事なく同じ空間を共有し、共にイベントの参加者として一致団結して盛り上げる......。そう考えると、DDTこそ実に理想的なアイドルグループなのかもしれない。

 なお、DDTは3年後に設定した単独の東京ドーム大会(旗揚げ20周年大会) を成功させるため、今も一回コケたら団体が潰れるんじゃないかという捨て身のチャレンジを続けている。直近の目標はさいたまスーパーアリーナでの単独興行だ。「グループアイドルに近いプロレス団体ってどんなだ?」と興味を持っていただけたら、ぜひ一度会場へ足を運んで欲しい。

Written by 荒井禎雄

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