パソコンがなかった時代の仕事のやり方とは “カタカタ”が苦手な上司は音読 情報共有は「会う」ことだった|中川淳一郎
TABLO / 2019年11月6日 11時38分
最近はてな匿名ダイアリーに書かれた「パソコンがない時代、どうやって仕事したの?」という書き込みが話題になり、50代以降と見られる人々が嬉々として当時の仕事のやり方をネットに次々と書き込んだ。
私は平成9年(1997年)に新入社員として会社に入ったが、その時はすでに全社員にノートPCが支給されていた。1995年のWindows95発売以来劇的にPCは普及したが、当時はまだPCがない時代の残滓が仕事の現場に多数見られていた。
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まず、PCのことを「カタカタ」「ピコピコ」と呼ぶ人がいたのである。「カタカタ」とはキーボードを打つ音のことで、「ピコピコ」は「電子的な何か」を意味する。PCに慣れていない50代社員が「オレはさぁ、カタカタが苦手なんだよ~。参ったな。この“添付ファイル”ってのはどうやって開くの?」といった感じでこの言葉を使っていた。
私は高校時代、アメリカで「タイプライティング」「ワードプロセッシング」という秘書向けの授業を受講していた関係で、タイピングは速い。大学2年生の時には大学で電子メールを使えるようになったため、PCには慣れていた。卒論もワープロ(これも懐かしいですね)かPCのワープロソフトで書くことが必須になっていた。
そのため、新入社員で配属された時、タイピングのスピードに周囲の人々が仰天し「まるで鳩がはばたいているようだ」と言われ、自分の父親と同年齢(52歳)の管理部部長の代わりにメールを打つこともあった。
「中川、こっち来て」と言われ、「オレが打つと20分ぐらいかかるからお前、音読するからメール書いて」と言われ、彼の椅子に座る。彼は後ろに立ち、
「お疲れ様です 今月の発注書の締め切りはいつも通り20日ですが、最近遅れが目立っております。協力機関に対してご迷惑をおかけしたくないため、期日の厳守をお願いします。できれば、20日の当日ではなく、余裕をもって数日前から作業をしてください」と喋る。
これを私が打っていくのである。とまぁ、こんな状態だったから、PCに対するアレルギー反応を持つ人も意外と多かった。自分にとっては書類を作るのにPCを使わないという感覚がよく分からないので、「なんでこんなもんが苦手なの?」と思い、当時中高年社員にPCがなかった時代の話を聞いてみた。箇条書きにしてみる。
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・海外に連絡をする時は「テレックス」とやらを使っていた(これは私もなんだか分からない)
・国際電話をする時は砂時計を使っていた(通話時間が長くなるととんでもなくカネがかかるため)
・「Mac屋さん」という人が部署に1人常駐し、MacintoshのPCを使い手書きの企画書を「クラリスワークス」というソフトで活字に変えていた
・得意先でのプレゼンをするにあたっては、カーボン用紙で手書きの企画書で量産していた。(これはさすがにコピー機の大普及以前の話だろう)
・全員で一気に情報共有をするには「会う」しかないため、ある程度仕事の話をしたらあとは酒を飲みに行っていた
・データが存在しないので、「言った言わない」の話になることばかりで、結局立場が上の人が様々なことを覆すことばかりだった
◆フロッピーディスク、MOの時代もあった
この手の話で私が一番好きなのは、当時いた部署の局長・S氏の話だ。今であれば、企画書は別のクライアントに使ったものを会社名等を変え、ある程度カスタマイズすることで使いまわし、準備不足を補うことが可能だ。だが、手書きの時代は安易に企画書を作ることは難しい。ある大事な競合プレゼンの前日、S氏は酒を飲み過ぎてしまった。いや、前日というかプレゼンの直前まで酒を飲んでいたため企画書を作るのは時間的に無理である。
そこでS氏が取った奇策は「企画書づくりを諦める」ということである。彼は重要得意先の元へ行き、こうぶちかました。「今日は企画書はありません」。これには相手も仰天するが、S氏はこう続けた。
「今日は本当に大事な仕事のプレゼンをさせていただきます。ここまで大事な仕事の場合、重要なのは企画者である私の“思い”を皆さんにビシッとお伝えすることです。そんな時に企画書なんてものがあったら邪魔です。私の目を見ていただき、プレゼンをお聞きください」
完全なハッタリなのだが、この迫力もあってか、S氏はプレゼンに勝ってしまった! 結局役員にまで上り詰める人物だったのだが、昭和の仕事ってもんは妙にダイナミックだったんだな、と思うのである。
これがPCがない時代の仕事のやり方の一つではあるが、平成の後半の10年ほどでも大きく変わったことがある。それは大容量オンラインストレージが普及した結果、広告や雑誌のデータや画像をふんだんに使った企画書や資料をMOに保存し、それをバイク便に出す必要がなくなったことである。
というか「MO」って何? とさえ若者からは言われそうだが、MOとは「フロッピーディスクの大容量版」というのが我々の認識である。しかし、若者からすれば「フロッピーディスクって何ですか?」と思うことだろう。WordやExcelの左上の部分になんだか四角いアイコンがある。これがフロッピーだ。
中年以降にとってはこの四角いアイコンこそ「保存」を意味するのだが、若者にはサッパリ意味不明かもしれない。そろそろマイクロソフト社はこのアイコンを変えてみてはいかがか。(文◎中川淳一郎 連載『俺の平成史』)
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