【未解決事件の闇10】女性編集者失踪・ミャンマー逃亡説の検証で難民キャンプを訪問

TABLO / 2014年11月20日 18時0分

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 辻出さんは失踪する前日までタイ旅行に出かけていた。日程は1998年11月19日から23日であった。向かったのはメーソットという町から車で1時間弱にところにある難民キャンプだった。そこはモケという、辻出さんが学生時代から足繁く通っている場所でそこには何人か友人になった難民が住んでいた。そのうちの一人であるラコエという男性に彼女は求婚されたことがある。同行した日本人の友人Sさんは話す。

「いつのことかは知りませんが、ラコエが『どんなに勉強しても、難民だから自分の将来が見えない』としょげて辻出さんに言ったことがあるそうです。そのとき辻出さんは『私と結婚したらここから出られるのにね』と冗談半分に言って励ましたそうです。するとラコエはそれを本気にしてしまったんです。失踪直前のタイで、私が辻出さんと出かけたとき、辻出さんは『ラコエとの誤解を解いていきたい』と話していました。このラコエという男性、現地で会いましたが、ひょろっとしておかまみたいな感じの男でした」

 辻出さんは求婚を断り切れず、ラコエとどこかへ逃避行してしまったということはないのだろうか。Sさんが一足先に帰国した後もタイにいた辻出さんはSさんに思わせぶりなメールを送っている。

「問題解決したと思ったのにまたビッグプロブレム(大問題)勃発です。くそうなんであんなにかわいいんだ。...すみません。一人ごとです」

「問題解決」を誤解を解いたとすると、「ビックプロブレム」が何かわからない。このメールがSさんに届いた日時は11月24日の12:12となっていた。しかしSさんが印刷して見せてくれたメールには02:41と手書きで修正が入っていた。いずれにせよ失踪当日に出したことがわかる。

 読んでいてわからないのは、「かわいい」とは誰のことをさすのかということだ。辻出さんは自分のルックスにはそこそこ自信を持っていた。とすると、辻出さん自身のことなんだろうか。それとも「ひょろっとしていて、おかまみたいな感じの男」とSさんが形容したラコエのことを言ってるのだろうか。

  辻出さんの残したメッセージの謎を解いたり、ラコエの消息を探したりするために僕はタイの難民キャンプへ向かった。バンコクから長距離夜行バスに乗り、タイ北西部のメーソットへと向かった。ここはすぐ隣がミャンマー(ビルマ)の国境となっている。

 15年もの歳月が流れていたからか、すでに難民キャンプは統廃合されていた。そこでモケキャンプにいる人間が多く住む、さらに山奥のキャンプを訪ね、手がかりを探すことにした。

 そこは町から隔絶された山の中の急斜面に張り付くように、立ち並んでいた。タイ国軍か警察による検問を超えると、キャンプの入り口に辿り着いた。そこには見張り小屋があり、中からアーミージャンパーを着た浅黒い男が何人か出て来た。

 ラコエと辻出さんが写っている15年前のモケキャンプでの写真を見せる。すると、そのうちの一人が言った。

「たぶんここにはいないな。別のキャンプかアメリカに移住したんじゃないかな」

 男の話を聞き、なんと突飛なとも思った。しかしすぐに思い直した。事前に読んできた支援団体の資料によると、UNHCRの手引きで7万人の難民がアメリカに移住したと書いてあったことを思い出したからだ。

 キャンプの中から呼ばれて出てきた、仙人のような白いひげの長老にも写真を見せたが、心当たりはないという。

 写真はキャンプの中でまわして何かわかったら、連絡してくれることになった。僕は英語で自分の住所を書き、ラコエという男の説明と彼を探している旨を書いて、キャンプの人間に託した。

 その後、返事を打診する手紙をキャンプ宛てで送料と封筒をつけて送ってみたが、返事が来る様子はない。

 いったいラコエはどこへ行ったのだろうか。市民権をとったと言われるバンコクに住んでいるのだろうか。そしてメッセージの謎を解く意味を彼は知っているのだろうか。辻出さんがラコエに恋心があり、こっそりタイに渡り、彼と逃避行をしたということはないのだろうか――。

Written&Photo by 西牟田靖

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