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【世田谷一家殺害事件】真相究明から14年、遺族が訴える「悲嘆」

TABLO / 2014年12月31日 17時0分

【世田谷一家殺害事件】真相究明から14年、遺族が訴える「悲嘆」

 東京都世田谷区の祖師谷公園に面したところに空き家がある。2000年12月31日、会社員宮澤みきおさん(当時44歳)の一家4人が殺害された家屋だ。事件名は「上祖師谷三丁目一家4人強盗殺人事件」。いわゆる「世田谷一家殺人事件」として知られている。

 現場には規制線の黄色いテープが貼られ、赤いカラーコーンが置かれている。家屋前には臨時交番が設置され、警察官が24時間、交代で勤務している。この事件を機に、成城署では防犯カメラや緊急通報装置の設置を促進したが、宮澤さん宅周辺にも設置されている。

 警視庁は年末になると、事件の情報を小出しにしているが、このほど、事件の犯人の逃走時間について変更される可能性を報道各社が伝えた。事件の翌朝に犯人が操作していたと思われていたインターネットの接続記録が誤作動によるというのだ。

 事件の発生は12月30日午後11時半ごろとみられているが、31日午前1時20分ごろと同午前10時ごろの計2回、インターネットへの接続履歴があった。そのため、捜査本部はこれまで、犯人は翌朝まで住宅にとどまっていたとみていた。

 しかし、実際には違っていた可能性があるという。報道によると、目撃した母親が触れるなどしてパソコンのマウス落下したため、その衝撃でネットに接続された可能性があるとして、犯人が逃走した時間が修正される可能性が出てきた。マウスボタンがクリックされるとネットに接続されるような設定だったためだ。

 また、犯人の身長についても「175センチ前後」としていたが、遺留品を分析したところ、「170センチ前後」に修正し、そのチラシを配布した。

 捜査本部が犯人に関連した情報を修正したことについて、宮澤さんの妻泰子さん(当時41歳)の姉、入江杏さん(57)は「人間の記憶は確実ではないし、当時忘れていることは今でも思い出すことができない。動機も思いつかない。ただ、あらゆる可能性があり、思い込みを排して考えなければならない」と語った。

 入江さんは当時、宮澤さん一家の隣に母親(享年82)と夫(享年60)、長男(27)の4人で住んでいた。隣り合った2世帯住宅だった。妹一家が殺害されれたことに入江さんが気がついたのは20世紀最後の日だ。

「気がついたのは朝です。嫌な記憶でした。『これは関係ありますか?』と、関係ありそうなことは(現場検証などで)すべて警察に言っている」

 入江さんのところに警察から情報は入ってこないという。これまでも報道を通じて知るだけだ。

「(週刊誌などが)様々な犯人説を書いてきた。警察に聞くと否定するが、公に否定する発言はしていない。警察は否定すべきことは否定してほしい。納得はいかない」

 そんな中で、目撃者への懸賞金は1千万から2千万円に引き上げられ、国内最高額となった。

 事件遺族らでつくる「宙(そら)の会」や「あすの会」などが中心となり、時効撤廃の運動を展開。2010年4月、凶悪事件の時効撤廃が実現した。入江さんは言う。

「逃げ得は許されないという声も大きかったのですが、時効の必要性の中で、<時間とともに被害者の悲しみの感情は薄れるもの>というものがあるが、遺族としては納得がいかなかった」

 また、入江さんは、大切な人が亡くなったときに湧き出る「悲嘆」(グリーフ)に関する活動を行っている。遺族となったことで、何度も事件発覚のときの感情に引き戻される。「すべては終わってしまった。ゲームオーバーだ」と自殺を考えたこともある。しかし「生きることを愛する」ことへ再生することもできた。

「(世田谷一家殺人)事件で亡くなった人たちは、私よりもはるかに、生きることを愛していた。だから残された側として、生きることを愛していかないといけないんじゃないかと思った」

 情報が変化し、有力な目撃情報がない中で、事件から14年が過ぎていく。

Written by 渋井哲也

Photo by wikipediaより

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