スマホも携帯もなかった時代「俺たちにはテレカが命だった」 やがて“イラン人”偽造テレカ 対 NTTの闘いが勃発|中川淳一郎
TABLO / 2020年2月4日 15時2分
最近はすっかり見かけなくなったが、停電時や災害時に取沙汰されるのが公衆電話である。最近の子供達や若者は使い方がそもそも分からず、受話器を上げる前にテレホンカードを挿入口に入れ「あれ、入らないよ」などとやっている、といったことを紹介する記事も登場する。
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確かに携帯電話が普及してから物心がついた若者にとっては公衆電話の使い方など分かるわけがない。また、かつてはアイドルのテレホンカード等が高値で売買されていたことも知らないだろう。
今のように携帯電話もメールも一般には普及していなかった平成の初期、若者が恋人と連絡を取り合うのに使ったのは公衆電話だ。実家に住む者は家族から「いい加減に長電話はやめなさい」と言われるし、話す内容を聞かれたくもない。となると、冬の寒い中、近所の電話ボックスにかけに行こうとするのだが、幸せそうな笑顔を浮かべた男か女が中にいる。
しばらく外で待っていても終わる気配がない。そこで自転車に乗って住宅街の穴場公衆電話でようやくその日、恋人に電話をかけられたのだ。「21時ぐらいには家に帰ってるからその頃電話ちょうだいね」などと電話をかけるにしても時刻指定もあった。
テレホンカードが登場する前は同じ区域であれば3分10円で喋れたが、長距離電話の場合は次々と10円玉を投入する必要があった。長時間話せる100円玉はお釣りが出ないため、10円玉を高く積み重ね、時に3枚まとめて入れたりする人もいた。
いちいち10円玉にくずすのも面倒くさい時に登場したテレホンカードはまさに昭和の大発明だった。それが平成になっても活発に使われていたが、これも当然長距離電話だと最初「105」(1000円で買うと1050円分使えた)で始まるのに、ガンガン数字が減り、70ぐらいになると「うぎゃー、もう3分の1も使っちまった!」といった状態になっていた。
テレホンカード代は当時の若者にとっては死活問題だったが、そこに登場したのが偽造テレホンカードだ。バブル期、絶好調の日本経済を背景に海外から労働者が多数訪れていた。イラン人がガテン系や飲食店の仕事をするなどしていたが、バブル崩壊とともに彼らは職にあぶれることになる。
上野公園にはイラン人が大量に集い、「なんだか怖い」といった目で見られていた。私は1992年(平成4年)にアメリカから日本に帰って来たが、約5年ぶりの日本では、かつて見ないほどイラン人が多かった。そんな彼らがこぞって参入したのが「偽造テレホンカード販売」だ。
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偽造テレカを売るイラン人
大学生は「上野公園に行けばテレホンカードが激安で買える!」とこぞって上野へ。イラン人はがて東京の西側にもやってくるようになる。ターミナル駅前にはイラン人が大量のテレホンカードを重ねたうえで指で器用にカードをはねて「パチパチ」という音をさせていた。これらの偽造カードは使用済みのカードのパンチ穴が何か所か空いた部分に銀色のテープを貼っただけのものだった。
テレホンカードは「105」の場合は、105、100、50、30、10、5、1、0と数字が書かれてあり、その数字を超えたところで適宜穴が開くようになっていた。これにより、あとどれくらい使えるかを、電話に通して残り度数を表示させることなく分かったのだ。
この穴を塞ぐべく銀色のテープを貼ると電話機の側は、「まだ新品だ」「まだ58度も残っているな」などと判断するのである。元締めのヤクザがいるのか、イラン人が自ら開発したのかはよく分からないが、「大した技術だ」などと周囲の友人らは言っていた。単に銀色テープを貼れば誰でも作れたのかもしれない。ただし、使用済みのカードを集めるにはなんらかの組織力は必要なので一学生ができることではなかっただろう。
イラン人はパチパチとさせながら「テレホンカードォォォォ~~」と妙な抑揚で声をあげており、目の合った人々に売りつけようとしていた。「ドォ」のところで突然音程が上がるのが特徴だった。日本人が買う意思を示すと人気の少ないところや壁に向かって2人して立ち、そこで105度の偽造カード11枚が1000円での売買が成立するのである。つまり、11100円分の通話が1000円でできるということだ。
1993年になるといい年した大人も買っていた。私はJR新宿駅の南口近くの構内の「銀座コージーコーナー」で洋菓子販売のバイトをしていたが、毎日同じイラン人がJR中央線の階段のあたりで「テレホンカードォォォォ~~」とやっていた。私にもウインクをして「買わないか?」と意思表示をすることもあった。
かくして一世を風靡した偽造テレホンカードだが、NTTもさすがにこの問題を看過できず、電話の改良を施した。偽造カードを入れても「ピピーっ」と鳴って外に吐き出されてしまうのだ。すると偽造側も技術革新を行い、新型の偽造カードを出す。
そして、ついにNTTも改良を本格化し、緑色の公衆電話ではなく、灰色の公衆電話を世に送り出す。これは偽造カードを容赦なく吸い込んでしまうものである。かくして「偽造テレホンカード vs NTT」の闘いはNTTの勝利に終わり、それと同時に街角から偽造カード販売のイラン人も消え、以後爆発的な携帯電話の普及に繋がるのである。(文◎中川淳一郎 連載『俺の平成史』)
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