シャルリ・エブド襲撃事件に見る「表現の自由」と「テロリズム」の意味
TABLO / 2015年1月14日 18時0分
フランスの社会風刺紙『シャルリ・エブド』が襲撃された事件で、フランス各地で連帯を呼びかける運動が起こり、レピュブリック広場には3万人を超える人々が集まって「Je suis Charlie(私はシャルリ)」と書かれたプラカードを掲げた。
この問題が語られる際に必ず持ち出されるのは「表現の自由」という単語だが、現在起きている「Je suis Charlie運動」には、この表現の自由と相反してしまう危険が伴っている。
日本でも安部首相に対して「フランスに赴いて運動に参加すべし」や「安倍自身が行かなくても高官を派遣すべきだ」といった意見が挙がっているのだが、こうした同調圧力は表現の自由の最大の敵であろう。むしろこうした「表現の自由、反テロ」といった同調圧力によって、本来の言葉の意味に近い "テロリズム" が巻き起こる可能性すら秘めている。
まず大前提として理解していただきたいのは、表現の自由がなぜ必要なのかという点である。建て前としては「誰もが声を挙げられるように」という考え方になるだろうが、さらに突き詰めるならば「多数派の同調圧力や差別感情などに振り回されず、また弾圧されず、少数派であっても意見を主張できるように」が理想である。少数派の意見が多数派の数の暴力でかき消され、理解を得られないというならば、それは表現の自由が守られているとは言えない。
事件の背景にはフランス国内の複雑な移民問題
さて、今回のシャルリ・エブド襲撃事件の犯人はアルジェリア系のフランス人で、過去にイスラム国に参加しようとして逮捕された前科があるそうだ。親に早くに死なれ、施設育ちだったという情報もある。言ってみれば社会的にも宗教的にも、フランスでは弱者や少数派にカテゴライズされる立場であったろう。そしてアルジェリアといえば過去にフランスが植民地として支配し、その独立運動を武力で押さえつけ、凄惨な弾圧を繰り広げた土地でもある。こうした背景から考えると、今回のシャルリ・エブド襲撃事件は、社会的に追い詰められた弱者による、フランス社会への報復行為という一面が浮かび上がってくるのだ。
これを考えず、単にイスラム原理主義者の無差別テロかのように扱い「民主主義の敵」と切って捨てる行為が、果たして表現の自由を掲げる人々にとって相応しい行いと言えるだろうか。表現の自由と言うならば、シャルリ・エブドの風刺も、フランス社会で窮屈な生活を強いられている人々の声も、同価値でなければおかしいだろう。しかし後者を上手に拾い上げられずにいるところに、問題となった風刺マンガがトドメを指し、今回のような悲劇に繋がってしまった。いわば表現の自由や民主主義という聞こえの良い言葉が持つ「多数派に流され易くなる」という欠陥が最悪の形で表面化したのであり、これはフランスに限らず日本も他の国々も等しく抱えている社会問題だと思われる。
ただし、襲撃事件後の立て篭もりの際の人質も含め、十数人の命を奪った殺人犯なのだから、彼らの犯した罪そのものを弁護する気はない。罪は罪として判断するよりほかなく、いかなる事情があるにせよ彼らは同情し難い殺人犯である。「襲撃事件の犯人の心情や動機は解らなくもない」という程度が限界だろう。
だが、被害者の立場にあるシャルリ・エブド側に何の落ち度もないかというと、これもそうとは言い切れないのだ。いくら表現の自由を守らねばならないとしても、何らかの表現が人権侵害や名誉毀損に繋がる場合などは、フランスの法でも処罰の対象になる。シャルリ・エブドは「全ての宗教を等しく笑い飛ばす」という姿勢を持っており、それが媒体としての公正さや平等さだとされているが、それを崩さず、風刺の対象者であっても認めざるを得ない(=訴えるに訴えられない)という状況を勝ち取るには、方法はひとつしかない。それは「笑えること」だ。
風刺マンガが「笑えるか否か」は、どれだけ鋭く的確に真実を突いているかの一点にかかっている。対象について調べ上げ、一枚の絵に様々な要素を盛り込み、それを見た人間を笑わせる。爆笑ではなく苦笑でもいい、とにかく笑わせる事が出来れば風刺マンガの勝ちだ。逆に言えばそれが出来ないのであれば侮辱やおちょくり止まりであり、それも表現の範疇に含まれるだろうが、表現の自由の代償として表現の責任や義務も負うことになる(重ねて言うが、報復殺人や暴力を認めろと言っているのではない)。
また、ここでいう「笑い」にはひとつ大事なポイントがあり「風刺の対象が苦笑せざるを得ないレベルに仕上げてみせる」という点である。それを実現させるためには、様々な人種・宗教・社会的立場・価値観を受け入れ、可能な限り理解する必要がある。例えばイスラム教を笑いたいのであれば、フランス国内の多数派を笑わせるだけでは許されない。 笑う多数派の影で少数派が泣かされているのでは単なる差別だ。この場合に笑わせねばならないのはイスラム教徒である。イスラム教徒の笑いのツボを心得て、彼らが不快に思いつつも苦笑するしかないという風刺が可能ならば、今回のような事件が起こる可能性は減らせたであろう。
このような書き方をしてはお叱りの声もあるだろうが、襲撃事件が起きてしまった要因を一言で現すならば「風刺のクオリティが低すぎたから」とも言えるのである。笑えもしない風刺マンガを見せたから、単に侮辱と受け取られ、覚悟を決めねばならない人達が現れてしまったのだ。表現の自由は確かに守られるべき物だが、それを拡大解釈して弱者や少数派が声も挙げられないような弾圧や封殺になってしまっては元も子もない。暴力や殺人といった報復が許されるはずもないが、シャルリ・エブドを表現の自由の象徴として語らねばならないのであれば、私はせめて「社会風刺のプロとして笑いを提供できなかった点だけは反省すべきだ」と指摘しておきたい。
抗議運動が本来の意味の「テロリズム」につながる可能性
最後に、なぜ「Je suis Charlie(私はシャルリ)」が冒頭で申し上げたように本来の意味のテロリズムに繋がる可能性があるのか。テロとはフランス語の "terreur=恐怖" が語源で、フランス革命の際に起きた虐殺がきっかけとなり「テロリズム」という言葉が使われるようになった。実に因縁めいた話だが、フランスはテロリズムの元祖・本家でもあるのだ。問題となった一連の風刺マンガにあるようなターバンと爆弾を巻いたイスラム教徒が突っ込んでくるだけがテロリズムではなく、己の政治思想を主張するために暴力や殺人といった恐怖に訴える行為を指す言葉だと考えて欲しい。
このフランス革命時の虐殺とは、革命派によってフランス各地の反革命派(と看做された) 1万4~6千人が殺されたという痛ましい出来事で、主に政治犯が収監されていた監獄などが舞台となった。そこで殺された囚人の中には、政治思想とは無関係の、しかも罪を犯したかどうか明らかになってもいない人間も多く含まれていた。パリ市内の監獄だけでも千人を超える死者が出たが、後にその内の75%が政治犯とは無関係だったと判明したほどだ。運悪く外国との戦争とタイミングがかち合ってしまったため「監獄内の反革命派が敵と内通している」といったデマが流され、魔女狩りのような一方的な "反革命派狩り" が行われたのである。
みなまで言わずともご理解いただけたと思うが、これを反革命派ではなくイスラム教徒などに置き換えてみれば、今回の運動がどう流れたら "テロリズム" になるか想像が付くだろう。 笑い事でも考えすぎでもなく「反テロを訴えるテロリズム」が目の前まで迫っているという危機感を持つべきなのだ。今回のこの記事にも反論や暴力めいた言葉が向けられるかもしれないが「表現の自由の名のもとにシャルリ・エブドを殉教者と崇め、卑劣なイスラムテロリストを批判せよ」という同調圧力こそが表現の自由の最大の敵であり、テロリズムへの第一歩でもある。
フランスは9.11すらもアメリカにも非があると風刺してのけた「気骨ある表現の自由の国」である。厳密に言えば「そうであったはず」だ。であるなら「Je suis Charlie」 以外の痛烈な表現があってもよかろう。私はシャルリ・エブドに今回の事件すらフランス国内の移民問題や社会問題を風刺する道具として取り上げる事を期待している。
Written by 荒井禎雄
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