中小酒店保護は嘘っぱち!? 酒税法改正案は誰のためのもなのか
TABLO / 2015年4月16日 18時0分
自民党が中心となって酒税法の改正案を議員立法として提出し、1年以内の施行を目論んでいる。建て前としては「過熱化する量販店などの酒類の激安販売によって苦しめられている中小酒販店を守るため」とされているが、どうにもこの理由は疑わしい。というのも、中小の酒販店を守る気があるのならば、もっと早くに何かしらの手段を講じられただろうとしか思えないのである。
そもそも、中小酒販店(いわゆる酒屋)が瀕死の目に遭った直接の要因は、1980年代後半から始まった酒類取扱の規制緩和によるものである。 まずこの辺りの流れをざっと解説しよう。
◇◇◇
1989年 『酒類販売業免許等取扱要領』が改正され規制緩和が始まる
※ この後、98年頃まで規制緩和の範囲や内容についてすったもんだが続く
1998年 規制緩和推進3カ年計画が閣議決定
2001年 酒類小売業免許の距離基準(※1) による規制が撤廃
2003年 酒類小売業免許の人口基準(※2) による規制が撤廃
2006年 酒販店保護のために残っていた特別区域が撤廃
※これにより国内のすべての地域で酒の販売が "原則自由化" された
※1 既存の売り場(販売店) がある場合は、一定距離内には出店できなかった
※2 人口比率によって、その地域の免許数が決められていた
◇◇◇
これらの規制緩和が行われた時期は、ちょうど小泉内閣と被っていたため、小泉内閣による規制緩和だと言われているが、実際はもっと早い段階から徐々に規制緩和に向けて動いていたのである。
こうした酒免許の規制緩和によって、各業態の小売数量(シェア) がどのように推移したかというと、次のようになる。
◇◇◇
【酒屋(一般酒販店)の小売数量推移】
・85年 約92%
[内訳] 一般酒販店=92.6% コンビニ=4.3% スーパー=0.7% 百貨店=1.0% その他1.4%
・90年 約83%(コンビニのシェアが10%を超える)
・95年 約66%(スーパーのシェアが14%を超える)
・01年~05年 規制緩和による酒の自由化
・05年 約27%(スーパーのシェアが約30%となり、約12%のシェアを持つ量販店という業態が出現)
・13年(現在) 約15%
[内訳] 一般酒販店=14.8% コンビニ=11.1% スーパー=37.5% 百貨店=0.7% 量販店=13.0% 業務用卸主体店=9.8% ホームセンター・ドラッグストア=8.1% その他5.0%
※ 平成21年度~25年度分
◇◇◇
このように、実は小泉内閣期より以前に、いわゆる町の酒屋の独占状態は瓦解しており、その後は規制緩和の流れに乗って、コンビニ・スーパー、また格安販売を売りにした量販店などの新業態が参入し、酒屋の持っていたシェアを食い合う形になった。ただし、酒の免許を持ったまま酒屋からコンビニやFC系の量販店に鞍替えした小売店も多いので、95年頃までは業態こそ違えど "酒免許を持ったオーナー" の生活は守られていたと言えるだろう。それが本格的に崩れたのは、酒屋のシェアが30%を下回り、コンビニと合わせても40%程度に低下した05年以降だと思われる。
一方で、今回の議員立法の内容にも絡む価格の推移がどうなっていたかというと、これも80年代からの規制緩和の流れに沿って価格競争が行われ続けて来た。当初は円高に乗っかった輸入酒の低価格販売などが目立つ程度だったが、大手スーパーなどが参入すると価格競争が激化する。というのも、そもそもビールなどは "参考価格・希望小売価格" で取り引きされる物だったため、大資本が新規参入すればそうなるのは誰の目にも明らかだったのだ。しかし、これについては度々国税や公正取引委員会が指導を行うなどし、極端な激安販売にクギを刺し続けて来たという背景もある。よって、価格競争という面では 「いまさら法律を改正する意味がわからない」 と言えよう。
こうした経緯を見る限り、酒の規制緩和で最も得をしたのは、約4割のシェアを獲得し、資本の大きさから酒の低価格販売を実現できる大手スーパーだけである。他の酒屋からの鞍替え組が多いであろうコンビニや量販店には、それぞれ「値段が高い=コンビニ」「大手スーパーと比較すると品揃えが見劣りする=量販店」といった弱点があるため、成長の度合いが止まっており、いまさら大きなメリットがあるとは考えづらい。
このようなデータや過去の事実から推測するに、規制緩和から10年以上経って政治家達が 「立場の弱い小売店を守るため」に、わざわざ法を改正するとは思えない。すでに酒の小売シェアの4割を大手スーパーが握っているのだから、この改正で誰が得をするかと言えば "無駄な価格競争をせずに済むようになる大手スーパー" なのである。私個人の見解というだけではあるが、今回の改正案に関して中小酒販店は「名前を使われただけ」で、実際には大手スーパーから議員に対するせっつきでもあったのではないかと邪知してしまう。
最後に私事で申し訳ないが、私の一族は明治~大正初期に一山当ててブイブイ言わせていた酒問屋だった。私から数えて3代前のご先祖が日本橋の箱崎に店を構え、酒蔵と直取り引きをしたり、酒造会社を自前で持ったり、味噌醤油の流通を握ったりとあの手この手で財を蓄え、東京の酒問屋組合の理事を務めるなど「独占販売最高!」と、良き時代の恩恵を享受し倒した一族だった。
だが、そんな一族であっても今や誰も酒屋も酒問屋も酒造業もやっていない。本家筋も不動産業などに転身してしまっている。その最大の要因が01年から始まった規制緩和だ。あれで酒の取り扱いを続けるだけ赤字という状況に陥り、だったら財産が残っている内に別の事業を始めた方がマシと、酒屋商売を諦めてしまったのだ。小売も問屋もかなり大規模にやっていた私の一族ですらそうなのだから、もっと弱い立場の小売業者はどれだけ悲惨な目に遭ったのか想像するに容易い。 限られた売り場面積で何とか商売を維持するために、コンビニを始めたり、カクヤスなどのFC系の小売店になったり、各地の地酒のみを専門的に扱う業態にしてみたり、必死の努力で生活を守って来たはずである。
そんな小売店の努力を10年以上も放置しておいて、何を今になって 「中小小売店のために」 なのか。 今や酒屋とコンビニとディスカウント系の量販店のシェアを足して、やっとスーパーのシェアと同等になるという有り様なのだ。
本気で中小規模の小売店を守りたいと考えるならば、今回のような無駄な法改正をするのではなく、スーパーのシェアをちょびっと町の酒屋に戻してあげるような内容にして頂きたいものである。 政治家の法律弄りによって、どれだけの人間の人生に大きな影響を及ぼすのか、少しは過去から学んではどうか。
Written by 荒井禎雄
Photo by 吉田類の酒場放浪記 其の壱 [DVD]
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