人間と編集者の狭間で...元少年Aの『絶歌』を読んで思ったこと|久田将義コラム
TABLO / 2015年6月17日 17時0分
6月11日に『絶歌』を近所の大型書店で購入。平積みになっていたので書店としても推したい商品なのだろうと思った。買ったは良いがカバーをお願いするのを忘れてしまったので、電車の中でひらく事も出来ずとりあえず近所の喫茶店で広げてみた。その日は某テレビ番組の収録日で、翌日には「ニコニコ生放送」で読後感を話す予定だったので、ページをめくる速度を早くして読んだ。
●遺族の許可を得ずに刊行された問題作
いろいろ違和感と疑問点が出てくるのだが、整理して書いてみたい。
まず、本の出版に反対している皆さんは①「なぜ遺族の断りもなしにこの本を出したのか」②「印税は元少年Aに入るのはいかがなものか」という二点に集約されているようだ。①についてだが、まず編集者というものは、基本、「世の中に一石を投じたい」という生業(全てではない)であるという事。
それを踏まえて僕だったらどうするかを想定してみた。神戸児童連続殺傷事件については、恐らく1990年代を過ごしてきた編集者やライターはどこかしら、心に残っている事件だ。そして、知りたい事は一つ「元少年Aは今、何をしているのか」だ。このくすぶっていた疑問が、ダムが決壊するように『絶歌』出版によって、一気に解消の方向へ向かった。方向へ向かっただけで「解消」はされてはいない。内容を読めば第一部は私的小説を書いているかのような比喩で満ちており、「犯罪者の心理を知りたい。ゆえに出版には賛成だ」という人たちの欲求を満たしていないからだ。
想像してみた。まずこの『絶歌』が持ち込まれた時に、僕ならまず出版する方向で動くだろう。が、その後に、「待てよ」と躊躇する。人が、しかも幼い子が二人も亡くなっている。遺族はご健在だ。で、これは犯人の手記だ。第三者が事件を報道するのとは、フェーズが異なる。当事者同士の問題である。だから、遺族に了解を取ろうとするだろう。
因みに僕は以前、土師守さんと、お会いしている。酒の席で何人か同席者がいたので僕の事など覚えていないはずだが、ものすごく静かな話し方をする人だなという印象がある。一編集者の意見だが、僕は「出したい」と痛烈に願う。しかし大前提として「遺族の同意を得る」のは必須だ。ただ、遺族は反対するだろう。それなら提訴されるのを覚悟の上で、「本を出します」という手紙を届けて出版する、という手段もある。
しかし、僕は後者の方法も取らない。どこの世界にも仁義や筋があり、その中で僕らは色々な商売を生業としている。編集者としての僕は「甘い」と言われるかも知れないが、この本は持ち込みがあっても出さなかっただろう。編集者というより人間としての自分の「心」を優先しただろうから。
表現の自由は憲法第二十一条によって保障されている。これは絶対に守らなければならない。表現の自由のなかに言論の自由も入っている訳だが、極論すれば「何を書いても良い」のが表現の自由だ。しかし、「その代わり何を、どんな批判をされても良い」というのも表現・言論の自由である。遺族側は媒体を持っていないため対抗できる手段としては裁判所に訴える等の方法しかない(他媒体で反論を掲載する可能性はあるが)。それを覚悟で出版したのなら、もう僕は何も言う事はない。ただ再度言うが遺族の許可なしでは出すべきではないし、僕なら出さなかったという事だ。これが編集者としての僕の意見だ。
百歩譲っても犯罪者の心理の研究する材料にもあまりならない。そして、やはり何より「遺族を無視して」出版した事が僕の中では、ずっと心に残っている。これは出版業として致命的ミスではないだろうか。筋論(情の部分)においても業務論(ビジネスの部分)においてもである。
続いて、人としての僕の意見。まず本の内容だ。タイトルの意味がよく分からないが、小説じみた題名にまず違和感を覚えた。内容も「元少年A」である「僕」が、犯罪を犯し収監されてからの事が「描いて」ある。著者名は「元少年A」とせざるを得なかったのは分かるが、彼は一生「酒鬼薔薇聖斗」という名前を背負っていかなければならないと思う。
また本を「描いている」と僕は書いたが、「告白」しているのではない。文字通り「自分を小説の主人公のように」「描いて」いるのである。彼の文章をほめる人がいて良い。もしかして「文学的価値がある」という人も出てくるかも知れない。あるいは口に出さないだけで思っているかも知れない。ドストエフスキーや村上春樹やユーミンの文章、歌詞を引用し、第一部は小説そのものである。従って、元少年Aが何を言いたいのか、誰に向かって書いているのかがまるで分からない。恐らく自分に向かって書いているのだろう。30歳を超えて、ようやく自分探しの旅をしたのがこの本だ。
中見出しも例えば「GOD LESS NIGHT」などとあるのだが、鼻白んでしまう。何をカッコつけているのか、と。
とにかく今は生きたい。本を書く事によって生きる自分の証を得たい。「遺族の皆さん、淳君、彩花ちゃん申し訳ございません」と書くのであれば、涙と鼻水をたらし、土下座してみじめにみっともなく、謝罪すれば良い。「GOD LESS NIGHT」とか書いている場合ではないだろう。
法律上は、刑務所に服して更生をしている。本当に更生しているのか?と『絶歌』を読んで思った人もいるだろう。僕も実はその一人だ。再犯の可能性とか物騒な事を言っているのではない。「心の中」の問題を言っている。加害者の心の中を知る上で、出版した事に意義があるという意見がある。確かに、彼が更生しているのかという疑問を抱かせたという意味では出版の意義があったのかも知れない。
Written by 久田将義(東京ブレイキングニュース編集長)
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