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【名古屋外国人撲殺】山口組分裂で台頭するイラン人マフィアの熾烈な内部抗争

TABLO / 2015年12月30日 20時0分

【名古屋外国人撲殺】山口組分裂で台頭するイラン人マフィアの熾烈な内部抗争

 今月の20日未明、名古屋市中川区の市道でイラン人が複数の男に切りつけられて殺害された。その襲撃現場近くでは数十本の注射器の入ったカバンが発見されるなどの事実から、捜査当局は薬物売買のもつれと推測。死亡したのはアナミ、シルマルド、ミラーさんで親族から押収したパスポートから本人と確定したが、日本への入国記録はないと言う。つまり不法入国したのである。

●"イラン人マフィア"の系譜

 不法入国の方法は知っている限りいくつかあるが、この報道を受けて筆者は約20年の付き合いのあるイラン人と接触した。彼は一時期渋谷のイラン人マフィアのボスと言われていた男だ。

 この男が日本に来たのはバブルで日本が浮かれていた頃、つまり1980年代後半から1990年代初頭の事だ。日本に来れば生活出来る、という思いから来日した。しかし、当時、イラン人を歓迎する空気は日本にはなかった。それは先に来日していたある人物がひとつのマフィア組織を作り上げ、覚せい剤、偽造テレカ等の怪しい外国人犯罪には必ずと言っていい程絡んでいたからである。

 なぜその当時、イラン人は日本に大量入国したのか? それは当時の日本とイランの外交関係が良好だったことと、彼らの置かれている状況にあった。彼らの祖国イランは当時イラクと戦火をまみえていた。その戦争から逃れたのが当時の"就労目的"で大量入国したイラン人たちだった。彼らが戦火から逃れて安全に暮らすには、同国とビザ免除協定を結んでいた唯一の先進国、日本に避難する意外に選択はなかったのだ。

 その後、あまりにも不法就労が増えたため、イランとの同協定は廃止されている。そのため簡単に入国出来なくなり、今ではイラン人を見かける事が少なくなっている。筆者が会ったのは、そんな珍しい"生き残り"のイラン人である。

 さて今回の「名古屋イラン人殺害」の背景を探ってみたところ、興味深い話を聞くことができた。10年以上前から名古屋では薬物を売るイラン人が多く見かけられていた。それは東京では薬物の取締りがきつく、その避難場所の一つが名古屋だったからだ。

 10数年前は、東京・渋谷のセンター街に行けば違法薬物が買える等の噂が流れ、それ同様に全国各地に有名な"取引場所"が知られるような、そんな時代だった。そして名古屋では、「テレビ塔に行けば覚せい剤が買える」との噂が地元でも有名だった。そんな日本全国の"覚せい剤市場"でブツを売りさばくのは、イラン人マフィアの独占市場だった。彼らはいわゆる売人として末端にいるわけでなく、イラン人のみによって構成された犯罪組織単位で動き、ブツの入手から販売までをネットワーク化して"ビジネス"にしていたのだ。知人のイラン人が答えてくれた。

「イラン人マフィアがヤクザから黙認されていたのは、売り物の覚せい剤をヤクザから卸してもらっていたからだ。イラン人が祖国で覚せい剤を密造して密輸するなんてことはリスクが大きすぎるし不可能だよ。だから、イラン人マフィアと日本のヤクザは太い上客と中間卸元の関係。ヤクザから見れば固定客を掴んでいる、いいお客さんの1人だったんだよ」

 しかし、その後、イラン人マフィア同士の生存競争が始まった。東京から追われるようにして名古屋を含む地方都市に散らばった"脱東京組イラン人"と、もともと地元で薬物売買でシノギを上げていた地元イラン人"の間で対立が生じたのだ。さらに"脱東京組イラン人"が薬物の入手先を変えずに地方進出したことで、"地元ヤクザ"からしても自分たちのシノギを脅かす敵となった。"脱東京組イラン人"が地元ヤクザから覚せい剤を仕入れれば、うまく事が運ぶ事も出来たのだが、彼らは今まで通りに安く仕入れることができる仕入れ先を選んだのだ。

●山口組分裂が及ぼす波紋

 また当時、山口組では司忍組長が六代目に就任して当代を取った弘道会の力が強くなり、山口組の中興の祖である三代目田岡一雄組長が創設した麻薬追放国土浄化同盟の信念の元、覚せい剤撲滅を原点回帰の大義に、売人であるイラン人を徹底的に追い込んでいく。これは建前で実際には「人の米びつに手を突っ込むな」というのが大きな理由だろう。そのため名古屋を追われて、さらに別の都市へ移っていくイラン人マフィアも少なくなかった。

 しかし、この秋以降、六代目山口組が分裂したことで、かつてのイラン人マフィアが名古屋に舞い戻るという現象が起きている。六代目山口組が分裂して、イラン人マフィアのシノギを追い込むことができなくなった、というのがいちばんの理由だ。

「名古屋の事件はヤクザと警察の追い込みから逃げたイラン人が名古屋に舞い戻り、細々とシノギを行っていた残留イラン人の対立だろう。もしくは単純に客を取った取らないのトラブルだろう。客を掴んでいるイラン人の携帯電話は帰国する際に高値で売り買いされるほど値打ちがあるから」(前出・イラン人)

 イラン人マフィアはそれほど、自分たちの"薬物ビジネス"を守るために必死なのだ。彼らは覚せい剤の売買で数年懲役に行ったとしても、刑務所で衣食住は保証されているので、それほど苦でもないという。それに逮捕された者の多くは密売で稼いだお金は地下銀行によって送金済みというカラクリもある。山口組分裂によって、イラン人マフィアが台頭し、このような事件が起きるのも自然の流れだったといえるだろう。

Writing by 西郷正興

Photo by K-SAKI(コラージュ)

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