コロナ禍で不平不満ばかりの世の片隅…平時から誰にも助けてもらえない“障害者” 50歳過ぎで生活保護の存在を知る|裁判傍聴
TABLO / 2020年5月7日 8時55分
この写真はイメージです
「まだ酒が残ってて、捕まった直後は『やってない』と言ってしまいました。たまたまぶつかったふりをして触ろうと思ってさわりました」
夕方5時過ぎ、浅草の路上でいきなり見ず知らずの女性の陰部を服の上から触った鳥谷和幸(仮名、裁判当時62歳)の供述です。
被害女性はすぐさま犯人の肩を掴んで現行犯逮捕を試みましたが、犯行時「ベロベロに酔っぱらっていた」という彼はかなり抵抗したようです。しかしその甲斐もなく彼は女性のワンピースの腰ひもで縛られ、その後すぐ駆けつけた警察官に引き渡されました。
酔っぱらっていた上に、障害も抱えていた彼は成人女性に力で勝つことなどできなかったのです。
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彼の出身は岩手県です。そこで「生活保護で暮らしていた」という両親の元で産まれました。
彼は幼少時に左目を失明しています。右目は見えるものの極端に視野が狭く、日常生活を健常者同様に送ることには困難を伴いました。ただでさえ厳しい生活を送っていた両親はそんな息子をもて余しました。そして彼は小学校に上がる年齢で「家から遠く離れた盲学校」に入れられ寄宿生活をすることになりました。両親は年に1回しか面会に来なかったそうです。
簡単に言ってしまえば、彼は棄てられたのです。
その両親も、彼が小学生のころに父親は事故で死亡し、中学校に入学するころに母親も病気で亡くなっています。
こうして彼はまだ10代前半の頃に完全に天涯孤独の身となりました。
中学卒業後、彼は岩手県内の飯場などで働きはじめました。進学などということは考えられませんでした。しかし、ただでさえ仕事が少ない地方でのこと。障害を抱える彼はなかなか仕事にありつくことはできませんでした。
「ここにいてもどうしようもない」
彼は友人に誘われたのをきっかけに上京を決意しました。東京に行けば何とかなる、そう思っていました。ですが、状況は何も変わりませんでした。相変わらず彼が就けるような仕事は日雇いの肉体労働が稀にあるだけです。これで生活などできるはずもありません。そして頼れるような身内は誰一人としていません。
彼は新宿中央公園にブルーシートを張ってホームレス生活をするようになりました。
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生活保護を受け、屋根の下での生活を送れるようになったのは平成21年からのことです。50歳を過ぎてようやく「健康で文化的な最低限度の生活」を手に入れたのです。
それまでに支援を受けることはありませんでした。彼には前科や前歴が多数あります。いずれも万引きなどの財産犯です。原因は言うまでもなく極度の貧困です。逮捕は行政が彼の生活に介入し助ける機会になり得ます。しかし、そのチャンスは平成21年まで活かされませんでした。
今後の生活について彼は、
「年齢もあるし身体もあちこち悪いし目も見えないし、働けって言われてももう無理は効かないですよ。でも、ずっと独りでやってきたしこれからも独りでやってかなきゃ」
と話していました。
彼はずっと独りでした。家族からも国からも見棄てられていました。もう彼には助けを求めるという発想さえないように思えます。たとえ「助けてくれ」と声をかぎりに叫んでも、そのか細い小さな絶叫に耳を傾けてくれる誰かと彼は出会ったことがないのです。
今回の犯行は酒に酔った上でのものです。彼が何を想って酒を「ベロベロに」なるまで呑んでいたのかはわかりませんが、その胸中には底の見えない程の虚無が拡がっていた気がします。
今、新型コロナウイルスの流行によって社会全体が大変な混乱をきたしています。政府、民間を問わず誰もがその脅威への対応を迫られています。
しかし、平時でさえその存在を黙殺されていた人たちもいます。この混乱の中で彼らの声はよりいっそう聞こえ難いものになってしまうかもしれません。だからこそ、慎重に丁寧に、彼らの声に耳を傾けることが求められています。
見棄てられてもいい人間など、この世界には絶対にいません。(取材・文◎鈴木孔明)
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