リニア中央新幹線・南アルプストンネル着手のせこすぎる現実
TABLO / 2017年7月20日 20時43分
4月27日、リニア中央新幹線の南アルプストンネルの長野県側のトンネル掘削が始まった。山梨県側ではすでに2015年に掘削が報じられたものの、長野県側でははじめてで、県内のトンネル掘削も初となる。私は南アルプストンネルの長野県側の出入り口となる大鹿村に住んでいる。ところが、住民である私がトンネル着手を知ったのは、当日の午後新聞社の記者に教えられてからだ。村や地元自治会にも前日に伝えられたという。
この事業は2014年に国土交通省が着工を認可している。当初JR東海による9兆円の単独事業とされてきたが、すでに不動産取得税の免除などで国費が投じられている上に、昨年、財政投融資を無担保で3兆円投入するという異例の優遇措置を受けている。
一方、水源が枯れたり、谷が残土置き場にされたり、大量のダンプ通行による騒音や粉じんの影響があることがわかり、沿線の住民は不安を訴えた。しかしJR東海は説明会で「大丈夫」と繰り返すだけなので、昨年には738人の原告が認可取り消しの訴訟まで起こす事態になっている。
ここ大鹿村でも、工事着工の同意を住民から取り付けるにあたり、JR東海はいくら説明会で不満が出ても「理解が深まった」と繰り返してきた。昨年11月の起工式当日には、説明を求める住民に会場出口が封鎖され、長野県知事と社長が会場に閉じ込められるという醜態を演じている。そのため、いくつもの断層・活断層が横切り、間違いなく「プロジェクトX」並の難工事必死の南アルプストンネル掘削にもかかわらず、JR東海は前宣伝ができなかったのだ。
記者といっしょに南アルプストンネルの掘削地を見に行った。現場は伊那谷を流れる天竜川から車で30分の大鹿村中心部から、さらに15分。釜沢という集落の、川を挟んで対岸、除山という山の麓である。川沿いのアクセス道はJR東海がゲートを設けて接近できなくしていたため、スーツ姿の記者といっしょに集落の外れの林道から急斜面を下ること10分。川岸に下り立ち対岸を見ると、たしかにトンネルの入り口が見えた。しかし周囲に人影はまばら。フェンスで覆われたトンネルの前には重機が置かれていたものの、掘っている気配はない。周辺では防音壁をのんびり作業員が一枚一枚並べているし、完成した建物はない。あくまでもセレモニーとして掘削の体裁を整えたのが見え見えだった。
実のところ、JR東海の現場の社員は焦っているように見える。南アルプストンネルの工事着工は当初2015年秋に予定されていたのだが、起工式は1年遅れの2016年11月。その間着工予定が、「今冬中」「夏までには」「10月には」とコロコロ変わっていた。さらに南アルプストンネルの当初の掘削現場はここではなく、釜沢の一つ手前の集落の小渋川という川近くに予定されていた。
ところがこの現場の林は保安林に指定されていた。もともと土砂災害防止のために伐採を禁止されている場所のため、指定を解除するには時間がかかる。JR東海は解除予定を見込んで昨年11月に起工式を急いだようだが、実際には国の審査が長引き、その上住民が森林法に基づく異議意見書を提出したため、解除の目途がまだ経っていない。しかたなく、二番目に掘削予定だった先ほどの除山の現場を先に掘削したのが実態だった。したがって、トンネル以外のヤードや排出土の置き場の整備が追いついていないのだ。
実のところ、すでに10年後の2027年の開業には黄色信号がともっている。これ以上の掘削の遅れは事業の失敗を対外的に印象付けかねないので、ゴールデンウィーク前に駆け込みで掘削をリリースしたとしか思えない。JR東海は翌日、南アルプストンネルの掘削に新型の掘削マシーンを投入することを、名古屋にある中日新聞にリリースして記事にさせている。実績のないマシーンは、福島第一原発の格納容器に入っていく新型マシーンとどの程度違うのだろう。かえってJR東海の焦りを感じさせる報道だった。
実際には、釜沢地区に行くまでの道は谷沿いの一本道で、掘削機が通行するための道路拡幅は終わっていないし、排出される残土は、大鹿村だけで300万㎥あるとされるが、長野県内でその残土の置き場が確定した場所は一カ所もない。その上、村内の関連工事個所にはほかにも保安林がかかっていたり、河川法による規制がかかっていたりする。さらにもう一カ所の掘削予定地も、橋梁の準備が整わず1年遅れる予定だ。
現場ののんびりした様子を見て、メディアにすら現場を公開しなかったのは、準備の遅れがかえってばれると思ったからではないかと勘ぐった。他人事ながらこれで本当に大丈夫か。
翌日、別のメディアといっしょに現場を再度見に行った。昼休みで作業が休みなので1時半まで待ったが、結局作業が再開しないので諦めて引きあげた。
Written by 宗像 充
Photo by Brett Jordan
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