女性の下着を透視するなど楽しいヨガ・サークルだったオウム真理教が「殺戮集団」へと変化した決定的瞬間
TABLO / 2018年7月6日 17時0分
女性のパンティを透視
1984年2月のこと。渋谷区桜丘のマンションの5階にある「鳳凰慶林館」という学習塾が、同じ経営者によってなぜかヨガ(ヨーガ)道場に様変わりした。ヨガの他にも、鍼灸などの東洋医学、原始仏教、超能力開発などがブレンドされている、当時日本のオカルトをごった煮したようなレッスン内容だった。リーダーの麻原彰晃はこの時28歳。後にオウムの幹部となる女性たち、山本まゆみ・飯田エリ子・石井久子もこの年に続々と入会する。ここでは「オウム真理教」でもその前身の「オウム神仙の会」でもなく、活動期間たった2年、若者達が"解脱"を目指して2DKの部屋で修行を重ねたヨガ道場「オウムの会」の話をしてみたい。
麻原彰晃、本名・松本智津夫は熊本県の出身。盲学校を卒業後、上京して東大を目指すが受験に失敗。その後、健康薬品販売店を営むも薬事法違反で逮捕され、阿含宗での修行は途中で抜け、「社会総合解析協会」西山祥雲の押しかけ弟子となっては追い出される。上京してから挫折続きだった麻原の、しかしその全ての経験をつぎこんだのが、この道場だった。当時を知る人の話では、皆が真面目に修行に没頭していたが、雰囲気は明るく宗教色は感じられなかったという。鍼治療も良心的な値段で請け負い、学生には無料で施術もしていたそうだ。「麻原さんも、解脱できない、解脱できない、と頭をかきむしりながら皆と一緒に修行を重ねていました」(高山文彦『麻原彰晃の誕生』)。
この頃のオウムの会は、オカルト・宗教への興味を持つ若者がヨガ修行と勉強を重ねる、いたって真面目なサークルに過ぎなかった。もし、このまま穏当に活動していれば、麻原は現在でも「オカルト的ヨガを研究・実践する名物オジさん」として一部で愛されるキャラになっていたかもしれない。例えば'86年発行の麻原の処女出版作『超能力「秘密の開発法」』などは内容・文体ともに軽く、宗教本というより"ヨガサークルによる超能力開発の同人本"といった感じに近い。修行中に男性参加者がいきなり超能力に開眼し、女性参加者の横縞パンティを透視したというエピソードを「今でも私どもの修行場で語り草になっている」と紹介するくだりなど、当時の開放的な空気が伝わってくる。
だがこの頃から次第に、麻原の中で「ハルマゲドンによる人類の選別」という発想が頭をもたげだす。それと機を合わせるがごとく、世はまさにオカルト全盛の時代となっていった。
ヒヒイロカネと選民意識
ここに幾つかの雑誌のコピーがある。'86年『週刊プレイボーイ』2/18号 の記事「日本人ヨガ行者の《空中浮揚》実験レポート!!」を知る人は多いだろう。あぐらをかいた体勢のまま麻原が床から40cmほど飛び上がっている写真はその後、しばしば嘲笑まじりの話題となった。だが空中浮揚について最初にとりあげたのは『トワイライトゾーン』'85年10月号だ。メディア初登場ということもあってか、麻原や石井久子ら会のメンバー達がはりきってヨガの技とポーズを披露。また、平たい金属の石を"ヒヒイロカネ"なる『竹内文書』に出てくる超金属と称して、修行のため様々な利用法があると興奮気味に伝えている。そのヒヒイロカネを手に入れるまでのレポートが『ムー』'85年11月号に麻原が寄稿した記事である。
麻原が寄稿した『ムー』('85年11月号)。「ヒヒイロカネを50名にプレゼント」に応募ハガキが殺到したそうだ
1985年6月、麻原は石井久子らとともに岩手県に旅立つ。予め情報を入手していたのかもしれないが、すぐにヒヒイロカネを入手(!)。また、戦前のオカルト思想界における大人物「酒井勝軍」と共にヒヒイロカネを発見したFさんなる人物とも出会う。『竹内文書』を世に出した立役者である酒井勝軍だが、彼の雑誌『神秘之日本』でも、1939年に地元の霊山である五葉山の頂上でハルマゲドンのビジョンを幻視したと記している。そこで受けた3つの予言の詳細を、酒井はFさんに伝えていたそうだ。曰く「第二次大戦が勃発、日本は敗けるがすぐに世界一の工業国となる」「ユダヤ人が自らの国をもつ」そして、
「今世紀末、ハルマゲドンが起こる。生き残るのは、慈悲深い神仙民族(修行の結果、超能力を得た人)だ。指導者は日本から出現するが、今の天皇とは違う」
この最後の予言に麻原は大きな感銘を受ける。ハルマゲドンが起これば人類は滅亡するが「生き残れるのは、唯一、神仙民族だけなのだ」そして自分がヒヒイロカネを手に入れたのは神仙民族となる大きな可能性を示していると述べている。実際は「餅鉄」という地元産の鉱物に過ぎないヒヒイロカネを通じて、戦前のオカルトが麻原へとハルマゲドンのイメージを強烈に伝えてしまったのだ。
カリスマ化と組織の巨大化
さらに同号の『ムー』"読者50名にヒヒイロカネをプレゼント"には応募が殺到、『トワイライトゾーン』でも連載をもつようになり、これら記事を通して一般読者からの会員を大量に獲得していった。'86年の『トワイライトゾーン』3月号は合宿による集中セミナーの様子を、6月号ではインドに渡った麻原が現地の聖人たちと会見する様子を、それぞれ記事にしている。
様々な宗教・オカルトのエッセンスを取り入れた麻原だが、最も意識的に参考にしたのが、インド発祥のヨガ・瞑想のためのコミューン文化だ。特にラジニーシ(別名Osho)の瞑想コミューンからの影響は麻原自身も認めており、修行法、ホーリーネーム、統一された衣装などは模倣とさえ言える程。
だがこのコミューンにも負の歴史がある。伝統的インド社会からの反発に遭ったラジニーシはアメリカ・オレゴン州に新天地を求めるが、そこでも地域の反対運動にあい対立が激化。コミューン存続のため政治進出を目論むのだが、選挙直前、住民の投票を妨害するため中心地のレストランにてサルモネラ菌を散布するという事件を起こす。死者こそ出なかったが被害者は700名にも及び、国外退去処分を受けた組織は崩壊した。現在は故ラジニーシの跡を継ぐ者たちが、細々と地元プーナにてコミューンを運営している。
選挙の失敗、サリン事件、アレフ・光の輪へと分裂したオウムの変遷を思わせるが、ラジニーシがアメリカを追放された'85年こそ、麻原が世に出てきた年だというのも皮肉である。
そしてこれらインドにおいて発達したヨガ・瞑想の意識変容スキルこそ、オウムが信奉を集めていく大きな要因だった。'85年11月、オウム初の合宿に参加した80名もの男女に、麻原はシャクティパットなるヒンドゥー伝来の儀式を一心不乱に行い、参加者は次々とクンダリニーという状態を起こす。クンダリニーとは尾てい骨から頭頂部へと熱いエネルギーが上る感覚を伴う変性意識の状態だ。瞑想とヨガのマニアだった麻原のこと、シャクティパットによってクンダリニーをもたらす技術には長けていたのだろう。
もっとも、これに類する意識変容は、ヒンドゥー以外でも原始系仏教の修行、或いは諸民族の伝統的ドラッグの摂取など広く見られるものだ。かつ重要なのは、それら全ての信仰文化において「幻視体験そのものを重視している訳ではない」ことを注意しなければいけない。そんなものは肉体に特殊な負荷を与えたことによる生理現象の一つであり、物の見方を相対化するための作業に過ぎないからだ。
また熟練者がしっかりサポートすることで安全性を高めるのもクンダリニーの定説である。非常な快楽が伴い、通常意識を変性させてしまうため、洗脳などの危険に結びつきやすいからだ。だが麻原は自らのカリスマと組織の巨大化のため、それを利用する道を選んだ。次第に会員数を増したオウムの会は、宗教色の強い「オウム神仙の会」と名を変え、ついには「オウム真理教」として宗教法人の認可を目論むようになる。そしてその背景となったヨガ・瞑想スキルの乱用こそが、最初の無残な暴力を生み出すキッカケにもなってしまった。
そこが分岐点だった
1988年9月。富士山総本部道場での修行の途中、真島照之という青年信者が大声をあげて喚き始めた。薬物中毒だったともいうが「百日修行」なる厳しい負荷によって意識が錯乱した可能性は高い。麻原から「頭を冷やしてこい」と指示された村井秀夫らは、彼を逆さに抱えて頭から水風呂につけた。ぐったりした体を起こすと、瞳孔は開き呼吸も停まっている。慌てて心臓マッサージと人工呼吸を試みたが、蘇生することは適わなかった。もし、ここで過失致死として警察に通報すれば、彼らはこの後に続く限りない暴力へと転げ落ちずに済んだ。しかし、
「教団内で焼いてしまえ。他に漏らせばその人間は地獄に落ちる」
麻原は、そう言い放った。
この瞬間だった。若者たちが充実して生きるために修行を重ねたヨガ道場「オウムの会」が、我々のよく知る「オウム真理教」へと変わる決定的な瞬間だった。
3ヶ月後、オウム出版から『滅亡の日』が刊行。ヨハネ黙示録の解読を名目としたこの本から特に、「ハルマゲドンによる世界の滅亡は必然的な浄化だ」という論調が強くなっていく。過失とはいえ殺人を犯し、それを隠蔽した事実に脅える麻原とオウムの、もう後戻りできないのだという一人よがりの狂った悲鳴が聞こえてくるようだ。
その3ヶ月後、麻原たちは水死事件を目撃した田口修二という青年信者を絞殺、さらに8ヶ月後には坂本弁護士一家を惨殺。その後も数々の殺人や傷害事件を重ねた末、1995年3月、東京の地下鉄にて、サリンの入ったビニール袋が突き破られることとなる。(取材・文◎吉田悠軌 『BLACKザ・タブーVOL.6』より加筆・修正)
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