昭和の子供たちが親からもっとも大きな嘘をつかれていたもの「口裂け女」|中川淳一郎
TABLO / 2018年7月17日 15時7分
現在40代半ばぐらいの人間は、昭和の子供時代、親からかなりウソをつかれていた。
まず、多くの親は
「アンタのことは橋の下で拾ってきた」
と言う。一体なんでこんなウソをつくのか今になって70歳を過ぎた親に聞くと「そんなこと言ったか?」とトボけられて終わりである。
思うに、これはいちいち親に感謝をせず生意気ばかり垂れる我が子に感謝の念を抱かせるために言っていたのではないだろうか。
「アンタは本当はウチの子じゃないにもかかわらず、こうしてご飯も作ってあげているし、学校にも行かせてあげているんだ。せめて生意気は言いなさんな。いざとなれば橋の下に戻してやる」
と恫喝するための前提としての「橋の下で拾った」だったのかもしれない。
もう一つ考えられるのが、子供がいかにして生まれたかを説明するのが面倒くさいと考えたとの説だ。子供の誕生メカニズムについては、
「コウノトリが運んでくる」
という言い方か「橋の下で拾った」の2つのパターンがあった。竹の中から女の子が現れる『かぐや姫』や桃の中から男の子が現れる『桃太郎』の影響を受け、「橋の下」は登場したのかもしれない。
なぜ、「河原」「砂浜」「土手の上」「森の中」「畦道」ではなく「橋の下」なのだろうか。
どれでも良さそうなものなのだが、ホームレス(当時の言い方は「ルンペン」や「浮浪者」「「乞食」)が橋の下にいることが多かったためにそうなったのかもしれない。
昭和の子供たちを戦慄させた「口裂け女」伝説
あとは妙な伝説も容易に蔓延した。「私きれい?」と呼びかけてくるマスク姿の「口裂け女」は全国的に恐怖の都市伝説となったが、日常的に「人さらい」という言葉も使われていた。
これは1963年3月、4歳の男の子が被害を受けた「吉展ちゃん誘拐殺人事件」が影響しているだろう。我々の親世代からすればこれは20歳前後で発生した衝撃の事件であり、当時身代金狙いの「誘拐」はとにかく恐怖の犯罪だった。秋から冬にかけての夕方は17時を過ぎようものならもう暗くなっていた。
24時間営業のコンビニなど滅多にないし、今ほど街灯もないような時代だっただけに、親は日のあるうちに子供には帰ってきてもらいたいと考えていた。そこで「人さらいに遭うよ」を口酸っぱく言っていたのではなかろうか。口裂け女も同様の話からどこかの親が作り出したのかもしれない。
「人さらい」への恐怖心は、童謡『赤い靴』の歌詞に子供達が戦慄していたことも影響しているだろう。あの歌には「異人さん」に連れられて小さな女の子が遠くへ行ってしまう、という歌詞が含まれている。あの歌を知って以来、子供達は親や兄弟から引き離されてしまうのでは、という恐怖と闘っていた。それに加え「人さらい」が毎日夜になると周囲をうろついている、と親が吹き込むものだからそりゃあ早めに家に帰るようになる。
あとは恐怖の言葉として「借金取りが来る」というものもあった。当時、ジュースを買ってもらえる子は金持ちに限られており、各家庭はいかに我が家が貧乏であるかを子供達に強調していた。
私の家の場合、ジュースを飲めるのは祖父母の家に行った時のみ。普段飲むものは自宅で煮出して作る麦茶だけである。父親が麻雀狂いで我が家にはカネがないため、ジュースを買う余裕がない。しかも借金取りがいつ来るか分からない、とも母親は言っていたのである。実際のところ、我が家はそこまでカネがないわけではなく、借金取りに追われていたわけでもないことが後になって分かったが、それはある程度物心がついてからだ。
今の時代、「橋の下で拾った」「人さらい」「口裂け女」「借金取り」はもはや死語だろう。こんなことを本気で信じる子供はいない。そこら中でそんな連中が本当に跳梁跋扈しているかどうかは、ネット検索でもすればすぐにウソだと分かるようになっている。
しかし、これらの真偽を調べる術もない昭和の子供達は学校で情報交換をしつつ無駄にその存在を肥大化させ、恐怖におののいていたのだ。当時の親は実にしたたかに子供達をコントロールしていたのだと感じ入るとともに、現代の親御さんは子供を(自分の都合良く)騙し切ることが難しいだろうな、とその苦労も伺えるのである。(文◎中川淳一郎 連載『俺の昭和史』第二四回)
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