自分が世界から不在になりたかったわたしは、いつの間にか世界に自分がいる設定で生きていた|成宮アイコ・連載
TABLO / 2018年7月25日 12時15分
夏になると流れてくる、幼いころの夏休みの思い出や切なすぎる恋愛の歌を聴いてると、ぶわーっと風景や情景が浮かび、「ああ、この気持ち、懐かしい...エモい...」と思い出して泣きそうになるのですが、ふと考えてみると、それは全て実体験でもなければ実写でもなく、今まで見てきたアニメやマンガの風景だということに気がつき、愕然としました。
思えば、これまでわたしは、世界に対して自分の不在を求めていました。
相手にとって不快にならないように
「自分自身の不在」という感覚について考えるとき、学生時代の休憩時間を思い出します。
これまでの回で書いてきた、家庭環境や学校で言われた声への悪口がつみかさなり、とにかく内気で環境になじめなかったわたしは、自分が存在することで他人に不快感を与えたくないと思っていました。なるべく誰かの視界に入らないように、できるだけ自分が透明でいられるように。それが行動の基本でした。
社会に出てからも、自分の存在と世界の間には、膜のようなものがありました。
ある日、隣の人の机に置いてあった資料が風に舞い、わたしの足元にヒラリと落ちました。けれど、わたしは拾ってあげることができませんでした。自分なんかが触ったら気持ち悪く思われるのではないか、でも拾って渡すのが常識だし、いや、でも、足元に落ちているけれど頼むからお前は触るなと思われているのではないか...。頭の中はパニック状態です。結局、ごめんなさいごめんなさいと心の中で思いながら、真剣にパソコンを見ているふりをし、落ちた資料には気づいていない設定にしました。こういうの、相手は気づくものですよね。きっと、わざと拾わない嫌なやつと思われたことでしょう。
それでも、どうしても、手を伸ばせなかったのです。
「○○さん」と話しかけて「はい」と返事をされる数秒、「伝言です」とメモを渡す数秒、「これ落としましたよ」と振り返らせる数秒。相手の人生においての数秒を自分なんかに使わせるのが申し訳なく......と、冷静に書いていると、「それは思い込みだから、そのくらい普通に話しかけても大丈夫なんだよ」と自分に言ってあげたい気持ちになりますが、その時は確かにそう思っていたのです。
急ぎの用事があっても、本人が席にいるときには声をかけられず、席を外したところを見計らって付箋に用事を書き、机にはりつけました。あたかも、偶然不在だったのでメモを置きましたという風に。ときどき、緊急だったのに! と怒られたりもしたのですが、どうしても人に声をかけることができませんでした。
外出先で偶然出会うことがないように遠回りをし、知っている顔を見つけたときは一番近いまがりかどを曲がります。トイレに入っているときに誰かがくると、息をひそめてみんなが外に出て行くまでそっと待ちます。できるだけ人と接触をしないように、できるだけ目を合わせず、声をかけあわず、視界にはいらないように。無視しているわけじゃないように声をかけない/かけられないようにするのは、たいへんです。
そんな毎日を過ごしていると、だんだんと気持ちも悪化し、最後は自分の咀嚼音が気になって、人前でごはんを飲み込むことが、つまり人と同じ空間で食事をすることが苦痛になりました。今思えば対人恐怖症レベルです。
できるだけ現実から遠くへ
こうなってくると、現実世界に自分が存在しているということ自体が苦しくなります。
半径何メートルかの自分の世界から遠い場所に逃げたい、可能な限り長い時間。分厚くて上下巻に分かれている本、やりこみ要素のある長編RPGゲーム、見覚えのある景色が出てこないようなアニメ映画、直接会わなくていいネット越し、人間が歌わないボーカロイド、紙の上で完結するマンガ...できるだけ現実から遠くに連れて行ってくれるものは癒しでした。
長年、『りぼん』を愛読して恋愛マンガが大好きだったのですが、「#わたし、おかあさんになれない」で書いたように、自分の女性性を受け入れがたい気持ちも強くなってしまったため、恋愛マンガすら読めなくなってしまいました。けれど、やはり胸がキュンとするようなものが読みたい、でも実世界は気持ちが悪い、自分がそこに関わりたくない。
そこで、自分はもちろん同性すら不在のほのぼのと優しいストーリーのBL(ボーイズラブ)を読むようになりました。読みたかった恋愛マンガ、しかも絶対に自分に関係するものが出てこない。これは安心でした。大人の童話を見つけたような気持ちになりました。
自分の不在を求めていたわたしにとって、アニメ映画やRPGゲームやBLは、望んでも自分が存在できない完全に完成された天国でした。今までのように、あわてて自分の存在を消そうとしなくても、最初から自分がいない世界なのです。
そして、当時、わたしが書いていた文章は、自分自身がいない前提のものばかりでした。自分の目線から感じたことや気づきを書いてはいたのですが、その文章の中では、「あなた」に話しかけることも、問いかけることもありませんでした。もちろん、わたしの目線と誰かは交差することもありません。世界の描写、そして独白だけ。
いつの間にか、世界に自分がいる設定で生きている
ふと思うと、いつの間にか世界に自分がいました。
今のわたしは、わたしがいる設定で生きているようです。
このコラムのように、自分の隠したいことや恥ずかしい自意識のことを書いたり、人に話してみたところ、コミュニケーションが生まれました。前回のコラムを書いたあとは、いろんな方から、「自分にとってのイトーヨーカドーの白いベンチ」の話を聞きました。地元の人がいない本屋さん、スーパーのゲームコーナー、トイレの個室、ペットショップのハムスターの前...これまで知らない同士だったわたしたちは、それぞれのイトーヨーカドーのベンチを共有することによって、共犯者のような、もっと良い言い方をすれば毎日を生きていくという目的のRPGのパーティを組んだような気持ちになりました。
こうして、誰かと会話をしていると、自分の肉体的存在を体感します。実際にではなく、SNSを通した会話でも同じです。
この人は今、私に話しかけている。
わたしは今、あなたに話しかけている。
人と接することで、自分の世界に、自分が存在し始めました。
ひとりぼっちのまま、お互いを認識しあえる
このように人生が、「自分が生きている」という設定で進んでいると気づいたときは、衝撃的でした。わたしの視界に見える世界にわたし自身がいるなんて。透明にならずに生きているなんて。他の人は、いままでずっと、こんな感じで毎日を生きていたのでしょうか。
ライブ活動をするときに、一番最後に朗読をすることの多い「再会の歌」という朗読詩があるのですが、その詩で朗読してきた通り、「あなたがあなたでいる限り/やめないでまっているから/わたしたちは出逢おう」を実行し続けていたら、それは事実になりました。あなたがあなたをやめないでいる限り、つまり、わたしがわたしをやめないでいる限り、ひとりひとりそれぞれが生きている世界は、ひとりぼっちだったり、ときどき交差をしながら続いていくようです。
ひとりぼっちのまま、わたしたちは話しかけ合い、お互いを認識することができる。脳内世界が、やっと現実に追いつきました。
そして、書いている詩や文章は、その向こうにいる誰かへの問いかけが増えていました。あれほど透明になりたくて不在を求めていた自分が今はちゃんと存在をしていて、こうしてやりとりをしているのはあなたとわたしなんですよ、という気持ちがあります。
ただ実際、不在でいようとした世界に存在をしてみると、現実問題として対人関係にはまだ難があります。大声で話す人には圧を感じて逃げたくなりますし、はじめましての時は自分が気持ち悪がられているのではと勝手に妄想してしまいます。そして、静かな場所で声を出すこと、他人に自分の声を聞かれることがいまだ不安です。
けれど、現実との膜が薄くなったのだからきっと、悲しいのが正解。つらいのも正解。そして、つらくなったら長編RPGやBLやアニメ映画に逃げたりするのも正解なのです。現実をやめてしまわないために、現実から遠く離れた場所に逃げるなんて大正解です。
今後、いろんな歌を聞いたときに目に浮かぶ風景は、過去に見たアニメではなく、この現実の世界なのでしょうか。自分が世界に存在しはじめたのは最近のことなので、どうなっていくのか、まだわかりません。
いま、足元にあなたの机から資料が飛んできたら、わたしはそれを拾って手渡します。
だから、わたしの机から資料が飛んだり、消しゴムが転がってあなたの足元に落ちたら、拾ってもらえたら嬉しいです。
(成宮アイコ・連載『傷つかない人間なんていると思うなよ』第十八回)
文◎成宮アイコ
https://twitter.com/aico_narumiya
赤い紙に書いた詩や短歌を読み捨てていく朗読詩人。
朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ全国で興行。
生きづらさや社会問題に対する赤裸々な言動により
たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと決めている。
2017年9月「あなたとわたしのドキュメンタリー」(書肆侃侃房)刊行。
外部リンク
- 同世代に会わないように、イトーヨーカドーの紳士服売り場のトイレの前の白いベンチに座っていたわたしへ|成宮アイコ・連載
- 人をおとしめても自分の位置はあがらない。給食の時間に「2センチの離島」にされた気持ちを一生覚えている。|成宮アイコ・連載
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- 「前例がない」と自殺防止担当の保健所で門前払いされた雨降りの思い出。どう言い返せば正解だったろうか|成宮アイコ・連載
- "なにを言われても大丈夫" になんてならなくてもいい。アイドルにメンタル最強という肩書きを背負わせてしまったわたしたち|成宮アイコ・連載
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