まったくの想定外......ヤクザの喧嘩に巻き込まれてしまいました|久田将義
TABLO / 2018年9月2日 11時0分
暴力団排除条例施行の数年前の事です。
「待てこらぁ!」「俺をなめとんのか!」
夜の六本木のクラブの中で怒号が飛び交いました。僕の隣の男が店の社長だかを怒鳴りあげています。僕は冷静を装っているものの、しかし心臓はバクバクでした。必死に男を止めます。
でも「彼」もう完全にキレています。「彼」は服がはだけて胸から「絵」が見えているのも構わず店員に向かっていきます。僕はそっと服のボタンをはめようとします。それも押しのけ物凄い形相でこっちを見ます。
「こいつら俺をなめてんでしょう!あぁ!?」
(ま、まずい......)
僕の顔から血の気が引いていくのが自分でわかります。ここは六本木の某クラブです。と、いうことはケツもちがいるに決まっています。
怒号を響かせているのは僕の取材相手。「彼」はバリバリの「現役」。酒が入らなければ普通に応対してくれています。
皆さんは盛り場で、その筋の人間の喧嘩に出くわした事はあるでしょうか。遠くから見ている分には「いい見せ物」かもしれません。それでは当事者になってしまった事はあるでしょうか、その筋の人の喧嘩を。
編集者になっていなければこんな目に遭う事もなかったのに、と自分の職業を呪います。
六本木は日本で歌舞伎町、渋谷、池袋と並んでヤクザ人口が多い街ではないか、と僕は思っています。
その日、まず事務所で取材をし、六本木の居酒屋で軽く飲む事にしました。ごく普通の大衆居酒屋です。居酒屋では他愛のない話でした。不良っぽい話題は皆無。「最近、奥さんどうですか?」とか「あの芸能人、どこがおかしいのかわかりませんね」とか。酒が結構入ってきて二軒目に行こうという事になりました。
お目当ての店はクラブでした(女の子がいる方)。
ドアを開けます。誰もが知っている某大物芸人の愛人も在籍しているクラブです(ヒントはベテランで子供に特に人気のある芸人さんです)。
店に来てから約一時間が過ぎました。だんだん彼は酩酊してきました。僕もいい気分になってきます。その時、彼が話しかけてきました。
「ちょっとここの店、対応がおかくないですか?」
「え? そうですかね」と僕。
「ええ、店長を呼んできてもらいましょうか」
表情が硬くなってきている。
嫌な感じがします。
店長の代わりにマネージャーと称する人がやってきました。接客についてのクレームでした。
「......」
「......」
マネージャーと彼が何やら話をしています。僕は横の女の子と会話をしていましたが隣が気になって上の空でした。すると、「ちょっと待て」と彼がマネージャーに言う。
「はい」
慇懃無礼にマネージャーが応じます。
「そこに土下座せえ」
「は?」マネージャーも訝しげな対応。
「聞えないのか。土下座しろって言ってんだ」
既に顔色が変わっていました。
土下座するマネージャー。僕は自分の席の周りが異様な雰囲気に包まれている事に気が付いていました。他の客も完璧に引いています。客もこちらを注視しています。
やばいな......。とにかく抑えるしかない。
「お前な、分かってんのか自分の立場。おう?」
と彼が迫ります
「まあ、もう帰りましょうか」
と僕。
「いや、もうちょっといましょうよ」
と少し僕に笑いかけます。
その笑顔に少しほっとする。カマシだったか。ホステスに向かって話しかけます。
「あんま心配しないでね」
「うん」
と結構平気な様子のホステスたち。
「お客さん慣れてるね」
と僕に言います。
慣れている訳ないだろ。そういう風に見せかけてるだけだって。と心の中でつぶやきます。
また「彼」はマネージャーに詰め寄ります。
「おう、お前反省してるのか」
「は? 何を反省するのでしょう」
パシャッ。
グラスの中のウィスキーをマネージャーの顔にかけます。これはもう、引くに引けません。
一線を越えたなと僕は思います。
「お前、反省してないのか。ああいう対応で。おう?」
「お手拭ある?」
と僕が慌ててホステスに声をかけます。
「いや、大丈夫です」
とマネージャーが自分のポケットからハンカチを出して顔をふく。
「何か、お前気に食わねえなあ」
と「彼」が今度はグラスをマネージャーの頭に叩きつけました。
ガン。
マネージャーの顔に血が垂れてきています。
怒声が店内に響き渡りました。
「何だ、てめえは! ナメてんのかコラ」
顔色が変わっている。モードが変わった。裏社会の人間の顔を見せた瞬間だ。
周囲にいたであろう同業者の客がどういう行動を取ったのかも僕には目に入りませんでした。しかし、こちらに来なかったという事は、巻き込まれたくないという気持ちと、こちら側の素性を知られていたからではないでしょう。
やられた方は「それはちょっと......」とさすがに頭を抑え、必死に抗議する。普通に傷害罪だ。
マズイ事になったな。僕は心の中で「あーあ」とあきらめの気持ちとこれからどうなるんだろうという気持ちが混じった感情でした。
「何がちょっとだ、文句あんのか? お前じゃ、話にならんから社長呼んで来い!」
「いいんですか? それで」
とマネージャー。半ば開き直った強気な態度だ。
「おう、上等だ」
その間、僕はマネージャーに「怪我、大丈夫ですか?」と尋ねます。
「いや、いいです」とぞんざいなマネージャー。引っ込んでろという事でしょう。
とにかく、一般人の酔客が怒るのとは当然ながら全く違います。やはり暴力のプロだなと思いました。ただここは店の中です。ケツもちもやって来るでしょう。マネージャーにとって見ればホームです。
やがて社長という人がやってきました。何事か話しています。「彼」はキレたままです。そして冒頭の怒声。土下座したままのマネージャーに僕は小声で尋ねます。
「あのさ、ここって......●●会のシマだよね」
「はい、そうです」
とあっさり答えるマネージャー。
ほら、やっばり。
僕は憂欝になりました。六本木だと「そこの組織」になるよな。有名な組織の名前を聞いて参ったなと思いました。頭の中でイメージトレーニングします。確か●●会なら●さんと名刺交換していたな。電話番号も携帯に入っているはず。何とか、なる......。いやいや、考え甘いだろ。
どうなるんだ、俺。
僕は●●会が来るのをドキドキしながら待っていました。
――来た。「それらしき人」。
「ちょっと外で話しませんか?」と「それらしき人」。
僕も行かなきゃならないのかな。酔いは完全に冷めていました。
「ちょっと話つけに行ってきますわ」というセリフを残して、とっとと僕をその場において出て行ってしまいました。
残された僕とホステスたち。このまま酒を飲み続ける訳にはいかないでしょう。
「あの、いったん引き返していいですか?」と血だらけのマネージャーに尋ねます。
無言でうなずくマネージャー。
ここにいてもしょうがないですから、店を後にします。ホステスの見送りは当然ないです。街に出てから上の人に電話しようか考えたが余計な事をすると、完全に巻き込まれると思い止めました。
翌日、「彼」に電話をしました。大丈夫だったのでしょうか......。
すると、明るい声で電話に出てきました。
「昨日はすみませんでしたねえ」
「いえ。で、どうなったんですか?」
「話し合いで済みましたよ」
え? そ、そうなんですか?
ほっとしたというか、拍子抜けしたというか。そう言えば随分前に、歌舞伎町である親分に取材した時の事を思い出しました。
「最近は浄化作戦も進んで、歌舞伎町も平和になったんじゃんないですか?」
すると苦笑しながら、「表に出ていないだけで、小さな抗争、喧嘩は毎晩といっていいほどありますよ。でも上の私らで話し合って収めているんです」。
なるほど。変に喧嘩しても損得で言えば損するだけです。その辺りは裏社会の人間独特の計算が働いているのだとつくづく思いました。(文◎久田将義)
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