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コンビニでなにを買えばいいかわからない日、自己否定でズタズタにする前に。|成宮アイコ・連載

TABLO / 2018年9月12日 11時5分


空腹でも、コンビニでなにを買えばいいかわからない日

 ファミリーマートの自動ドアが鳴らすメロディーを聞きながら、おにぎりの棚の前で動けなくなってしまいました。

 おなかは空いているのですが、食べたいものがなにも思いつきません。

 しかたなく、となりのサンドイッチの棚をながめて、デザートの棚でプリンを手にとり、無意識に裏面のカロリー表示を見ていることに気づき、「だからなんだって言うんだろうな」と棚に戻します。
 結局、なにも食べたくないような気がして、外に出ました。また、自動ドアのメロディーが鳴ります。店員さんの、「ありがとうございました」の声に見送られ、何も買わないわたしにまでそんなこと言わなくていいんですよ、と少し泣きたくなります。
 今日みたいな日が明日も続くのかと思うと、いまにも雨が降り出しそうな、雲がとても低い日のような息苦しい気持ちになりました。おなかが空いていることすら申し訳なく感じはじめます。

 メンタルの調子が悪いときは、食べもののことですごく悩んでしまいます。


ごはんを食べているときの虚しさがいちばん悲しい

 なにもできないのだから、せめてごはんくらい作らなくては、と強迫観念にかられる日。買ったアボカドはまだ硬く青くさくて、焦って味付けをした炒め物は味がうすくて、コンセントを入れ忘れた炊飯器を目の前にして、「もう生きている価値がない、今すぐいなくなったほうがいい」とパニックになることがあります。(こうして文字に書いているとどうしてそこまで飛躍するのだろうと思うのですが、実際そうなのです。)

 逆に、好きなものを食べているときでも、「でも、こんなにおいしいものを食べていても、わたしなんかが食事を摂取したからってなんだと言うんだ...」という虚しさにおそわれることがあります。
 コンビニでおにぎりの棚の前で何分も立ちすくんでやっと買ったツナマヨおにぎりも、急にただの咀嚼作業になってしまい、口にほおばったまま思考停止をして飲み込めなくなったりします。

 わたしが消費した食べ物やカロリーにごめんなさい、お母さんごめんなさい、よくわからないけどなにもかもにごめんなさい。わたしなんかがおにぎりを食べても意味ないです。ちゃんと意味のある人が食べてください。
 冷静に書いていると笑ってしまいそうなこの流れは、完全にメンタルの不調のせいなのですが、実際に調子がわるいときはそのことに気がつけません。100%全力でそう思ってしまうのです。

 ごはんを食べているときにくる虚しさは、いちばん悲しいような気がします。


こんなこともできない自分はいなくなったほうがいい、に飛躍するまえに

 こんなときは、できるだけ、状況を人に話すようにしています。
 友人に限らず、たまたま電話をした親だったり、次の予定まで時間があってお茶をした同僚だったり、一緒にいた人にその状況を説明をします。自分以外の誰かの目にはいり、誰かに話す体裁のSNSでも効果がありました。

 「いやあ、なんかね、非生産的なわたしがごはんなんて食べてはいけないような気がして、なにも選べなくてなっちゃって。30分くらいコンビニにいてさ、でも結局なにも買えなかったんだよね。自分なんかが食べたからってなんだって言うんだ、みたいな気がしちゃってね...」

 できるだけ詳細に、できるだけ淡々と。
 そうすると、「いや、でも人間だし、おなかすくでしょ。誰でもごはん食べるよ」という気持ちになってきます。生きてるんだものね、おなかすくよね。それによく考えたら、おにぎりの棚の前で何分も立ちすくんでしまうなんて、今すぐなぐさめに行きたいですし、「大丈夫だよ、とりあえずツナマヨ買おうね」と声をかけたいくらいです。

 ごく当たり前のことをわざわざ口に出して言ってみると、少しバカバカしくなってきたり、悲しがっていた自分が妙に愛おしく思えてきます。


みんなはできるのに、という「みんな」なんていない

 「電池を買おうと思っていたのに、3日も買い忘れてる」「家に帰ったらやることがあったのに、面倒で寝てしまった」「支度が終わってからどうしても服が気に入らなくて、着替えていたら電車に乗り遅れた」

 いろんな人の、いろんな愚痴や失敗。自分のことだったら許せないことでも、他人だと許せるたりするのだから不思議です。それどころか、「あはは、惜しかったね〜」「頑張って生きているなぁ」という気持ちまで出てきます。でも、自分の失敗は許せません。すぐに、「こんなこともできないなんて、自分は今すぐいなくなったほうがいい」にまで飛躍してしまいます。

 そんなときは、コンビニおにぎりのときとおなじように、「いったん自分を他人のようにする」ことをしています。
 自分は許せないけど他人なら許せる、ならば、他人のように自分を考えてみることにしました。

 そのために、人に状況を話すことはとても効果がありました。
 できるだけ感情をいれずに、自分のナレーターのような気持ちで。

 「家の更新が近くて、書類を書かなきゃいけなかったんだけど、ああいうのほんとうに苦手で。保証人との続柄ってどっちから見た続柄を書くのかわからなかったり、難しすぎない? 親の生年月日の西暦まで覚えてる? 昭和とかの計算って難しいよね。自分の年収とか会社の住所とか、覚えてないよね。保険の専門用語も難しくて、もともと説明書とか読むのも苦手だし、でもみんなこういうのスマートに書けるのかな、自分だけバカだからわからないのかなと思ってたら悲しくなってきて、結局書けなかったんだよね。」

 一人で部屋に座って、真っ白な書類を目の前にしていると、「自分なんて世界一ダメな人間だ、消えたほうがいい」のお決まりのパターンになりますが、人にこの状況を説明したら、「全然わからないから不動産屋さんに聞いてくるね」というごく単純な答えが見つかりました。

 そして、書類を読むのが苦手なひとがたくさん共感してくれてほっとしました。みんなはできるのに、と思ってしまうときの「みんな」なんて、実際はいません。


自己否定でズタズタにするよりも

 「化粧水を忘れないようにスマホのアラームまでかけていたのに、半額の豚肉に気を取られて、結局、化粧水は買い忘れてしまった」と友人にLINEをしてみたら、「でもちゃんと、自分は自分なりの注意をもってアラームまでかけて頑張っていたよね」と思えたりもするのです。
 だから自分はだめだ! と必要のないところまで落ち込んでしまう前に、自分から自分をひきはがして、少し遠いところに置いてみたら、「アラームまでかけちゃっていじらしいじゃないか」と過去の自分をズタズタに否定しなくてすみました。

 人に話して、状況からワンクッションをおくことで、自分から離れてもうひとりの自分がいるような気がしてきます。自分のことを話しているのに、別の誰かの状況を説明しているようなイメージです。

 そうすると、なぜだか、「そうか、そのときの成宮アイコちゃんは、頑張ってたんだね、それでもできなかったんだね。ちゃんとやろうとしたよね。次はうまくいくといいよね。」という気持ちになって、落ち込み一直線にならなくてすむようです。
 自分ではなく、他人に接するように考えてみると、怠けていたからできないのではなくて、自分はこういう症状や状況に困っているんだな...と気付けたり、それならば帰り道じゃなくて朝に買っちゃうのはどうだろう、と別の対処法を思いついたりします。

 「結果がともなっていない」と言われてしまいそうですが、「アラームまでかけたのに忘れてしまって、自分なんてなにをしてもダメなんだ、どうせなにもできないし生きている価値がない、劣りすぎている!」と、自己否定をつみあげて動けなくなってしまうジレンマにおちいるよりは、何倍もいいじゃないかと思います。

 そういえば、この連載の15回目「わたしはたぶん、ものすごくできが悪い。一瞬で意識が違うところに飛んでしまい、日常がうまくいかない話」で触れた、そば屋さんの暗号めいた「かけ」「ひや」「もり」が覚えられないという件ですが、その後も何回も間違えたり確認で手間取ってしまうため、「あったかいので」「冷たいので」と注文をするようにしていていました。そうしたら、ある時から店員さんが、「あったかいの? 冷たいの?」と聞いてくれるようになりました。

 世界は、不安に思いすぎなくとも、もともとたくさんの優しさがひそんでいるようです。
 他人に向ける優しさを、それぞれが自分自身にも向けられたら、わたしたちはもっと笑顔を交わせるかもしれません。

(成宮アイコ・連載『傷つかない人間なんていると思うなよ』第二十一回)

文◎成宮アイコ
https://twitter.com/aico_narumiya

赤い紙に書いた詩や短歌を読み捨てていく朗読詩人。
朗読ライブが『スーパーニュース』や『朝日新聞』に取り上げられ全国で興行。
生きづらさや社会問題に対する赤裸々な言動により
たびたびネット上のコンテンツを削除されるが絶対に黙らないでいようと決めている。
2017年9月「あなたとわたしのドキュメンタリー」(書肆侃侃房)刊行。



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