『土下座論』 突然、他人から土下座をされた時、あなたはどういう反応をしますか?|久田将義
TABLO / 2018年9月15日 10時0分
読者諸兄は土下座をした事があるでしょうか。僕は「どういう状況でも絶対土下座はしない」などと、突っ張っていました。ある雑誌の編集者時代に脅された時も土下座だけは(しそうになりましたが)しなかったです。もちろん謝罪は何度もしていますので、その際は深々と頭を下げています。
ただ、今は考えが少し変わってきています。
二十代の時、卑屈なほど腰が低い同年代の週刊誌記者がいました。後に、彼は某ノンフィクション賞を取る優秀な記者なのですが、なぜ、そんなに卑屈になるのか聞いてみました。すると、
「だって頭下げるのはタダじゃないですか」
という答えが返ってきました。その時、僕はちょっと呆れ気味な反応をしたのですが、今では彼がクレバーだったと思っています。僕の方が、変に小さなプライドをかざしていたのでしょうはないか、と。
「頭を下げる」のと「土下座」までには、かなりの距離があると思います。だから、僕は今まで土下座をした事がないはずですが(たぶん)、考えてみると土下座っぽい行為はしていたような気もします。
例えば和室で食事をしている時に、こちらからのお願いや謝罪をする時、正座か胡坐のまま頭を下げている訳ですが、これも土下座に近くなります。
土下座で思い出すのは、印刷会社の営業に土下座をされた事がありました。会社に行くとその印刷会社の営業の人がいて、僕を見つけるなり、泣きそうになりながら駆け寄って来ました。そして「それだけは勘弁してくれませんか」といきなり土下座をしてきたのです。
「それだけって何だったっけ」
と、びっくりしました。
場所が社内であり、人目もはばからなかったので驚きましたが、心当たりは多いにあったので「ああ、あの事か」と思いました。それにしても、こんなにあからさまに土下座をされたのは初めてでした。それと、本当に土下座をする会社員がいるのか、という事にも驚きました。「まるで漫画の世界だ」と。
漫画『宮本から君へ』(新井秀樹著)の主人公を想起させました。それほど、印刷会社の人にとっては、当時僕がいた会社と仕事をする事が重要で、そこまで思い至らなかった僕が浅はかだったと今では反省しています。
因みに余談ですが、『宮本から君へ』の作者新井秀樹氏は『ザ・ワールドイズ・マイン』『キーチ!!』『キーチvs』など世の中に問題を投げかけるものを多数出しているが、僕は『宮本から君へ』が非常に気に入っていました(次に好きなのが『愛しのアイリーン』です)。
他人の「土下座」を生み出してしまう時
突然、社内で土下座をされた僕は、とまどった訳です。
「ち、ちょっと待って下さいよ」と僕。
「久田さん、どうにかなりませんか!」と必死の印刷会社の社員。土下座したままです。
なぜ、彼は土下座したのかと言いますと、その印刷会社のミスがずっと続いていたので、僕が編集長だった時、総務部長とも相談して印刷会社を変える事にしたのでした。それは結構なミス続きでしたので、「印刷会社、変えましょう」と一言、二言で決定しました。
「そ、そんな......。土下座する事はないじゃないですか」と頭を上げさせます。今思うと、僕に思いやりがなかったのでしょうか。印刷会社を変えると、こういう場面に出くわすのか、と彼の土下座によって勉強させられました。
うちの雑誌からの売り上げは大した事はないはず。しかし、彼は会社で上司にこってり絞られたのでしょう。僕が営業の時は、「クライアントが一つ減るとかは、まあ、あるだろう」と割り切っていましたが、彼の会社の体制は違っていたのだでしょう。そして、彼にも家庭があり、生活があります。
それを思うと、逡巡したのですが、今までのミスを考えるとやはり別の大手に印刷を任せるのが良いと思いました。もっとも、印刷会社というのは(印刷会社に限らないですが)、会社というより個々の営業の力が物を言います。現場の印刷工場に対して、きっちりとこちらの編集サイドの意見を伝えられるのか。無理がきくのか、というような事です。
僕ら編集者は読者の為に雑誌を作っています。取引先も大事ですが、読者の事を考えれば印刷会社を変えるのは「筋」だと思いました。そして、彼に今までのミスを挙げて「だから御社からA社に変えるんです」と伝え、説得しました。
編集長の務めだと思います。営業の彼は当然、僕の事をよく思っていないでしょう。しかし憎まれるのも編集長の仕事であると思っています。
東浩紀氏の見事な土下座に脱帽
僕にとっての土下座体験はこれでした。その時は土下座によって状況が変わる事はありませんでしたが、もしかすると場面をひっくり返す時もあります。その方法の一つとして土下座があるのだと思うのです。
と、ここまで書いて思い出したました。
最近というか数年前、土下座された事があったのです。五反田のゲンロンカフェで評論家東浩紀氏とジャーナリスト津田大介氏と福島第一原発事故をテーマにトークイベントを開いた時。
彼らが提唱する「福島第一原発観光地計画」に参加して欲しい、という願いの為、東さんが僕に土下座したのでした。お互い酒も入っていた事もあったのですが、見事な土下座でした。
参りました。
情で来られると僕は弱いのです。僕は一人の人間として東氏に好感を持ちました。土下座にはこういう効果もあるのです......。(文◎久田将義 連載『偉そうにしないでください。』)
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