元ミリオン出版社長・比嘉健二(「GON!」など元編集長)市ヶ谷第5ミナミビル ミリオン出版回想記

TABLO / 2018年9月22日 11時0分


 1981年の年明け。ハッキリした日時は記憶にないけど、おそらく正月明けの7日前後か。この年、25歳の俺は念願だった編集者として採用された。ミリオン出版の初出勤日だった。

 入社案内の手紙には午前10時に来社とあったので、常識からしてその10分前には着いていた。誰もいない。あれ、日時勘違いしたかな。いや、間違いない。しかし雑多なオフィスには人の気配がない。

 ほどなくしてやたら背の高い男がヌッと現れた。

「あ、今日から入社しました比嘉です」

 そう言うか言わないうちにその背の高い男が「自分も今日入社です。あれ、誰もいないんだ」。

 この男がOさん。俺と同じ日に同時入社して、同じ「S&Mスナイパー」編集部に配属とされたことを知る(後にスナイパーの編集長になる)。図体のデカイ割には当たりの柔らかい印象があり、俺は少し緊張がほどけた。

 しばし、お互いに経歴なんかを話していると、ゴソゴソと音がした。寝袋から人がヌッと顔を出した。スキンヘッドのいかつい男だった。

「あ、本日入社、、、」
「あ、適当にその辺にすわってていいよ。スナイパー来るの遅いから」

 無愛想に話し、すぐに机に向かった。すると、一人、二人、社員と思しき男達がやって来た。どの顔も生気がまるでない。挨拶しても生返事しか返ってこない。エロ本編集はそんなに苦行なのか。

 それまで、飲食店勤務が長かった俺は戸惑った。飲食店の挨拶はまるで怒声にちかいので、この静けさは何なんだろう。出版社ってドラマで知る限り、ガヤガヤ賑やかで活気があるんじゃないのか?

 昼過ぎ、ようやく俺が配属される「S&Mスナイパー」のスタッフがポツリポツリと現れた。若い、想像以上に皆若い。俺と同じかもう少し若いか。ようやく俺とOは会話らしい会話を交わせた。気がついたのは、スーツ姿は一人もいない。面接で会った平田社長もなんとこの日はジーンズ姿だった。

 スーツにネクタイを締めた俺は明らかに浮いていた。

 この夜、編集部で俺たちの歓迎会が新宿の飲み屋で開かれた。社内では皆静かで大人しい印象だったが、酒も入っていたのか、饒舌だった。
 しかし、彼らの話している会話に俺はまた戸惑った。フランス映画や海外冒険小説、絵画に、クラシック音楽、ジャズの話題。小説は大藪春彦、音楽は永ちゃんぐらいしか聴いてこなかった俺の居場所はない。これはレベルが高い。SMの編集にはこんな事も必要なのか。

 おまけに帰りの飲み代に領収書を貰ってるのことにも驚いた。

「え、こういうの経費出るんですか?」
「あのね、比嘉君さ、あんまし真面目はダメ、うまくやらないとさ、編集はきついから」

 人間、楽な方にすぐになびく。俺はあっという間にぐうたらな編集者に染まっていった。

 入社初日のこの空気がミリオン出版を端的に表している気がする。あの時代、エロ系の出版社はどこもこんな空気だったのではないかと思うが、ミリオンはそれなりにヒットが産まれても良い意味で悪い意味でも"大人が不在"のままだった。そこが特異な出版社だったのだろう。

 今回、ミリオン出版が消滅するということで、元ナックルズ編集長の久田君から「何か回想を」とオファーされた。正直、久田君の頼みでなければ断っていた。
 30年以上在籍したけど、退社してもう6年近い。別れた女と振られた女と離れた雑誌には何の未練もない性格なため、心に記することはそれほどない。
 幸い今も編集を続けている。この好きな仕事が出来なくなったら、また違った感情が生まれるのだろう。(文◎比嘉健二)

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