スーパーボランティア・尾畠さんの本をこのまま出版してはいけない|久田将義

TABLO / 2018年10月17日 15時0分


 スーパーボランティアの尾畠春夫さんの単行本が刷り上がっているにもかかわらず、発売延期という羽目になりました。これで発売されなかったら、出版社側は印刷代、ライター代、デザイナー代、カメラマン代、全て回収できず赤字を負う事になります。

 なぜ、このような「事故」が起きてしまったのでしょう。出版社側の主張と尾畠さんの主張は真っ向から異なります。

 僕は雑誌編集者として、表四(裏表紙と思ってください)に「編集人」(編集長とは少し違います)と名前が記された雑誌を百冊以上制作してきました。単行本は四冊ほど書下ろしています。その経験から分析します。

 単行本の場合、ライター(書き手)対編集者との二人で企画が始まります。これが第一段階。その後、編集者が企画書を出し、会社内でGOサインが出ます。

 ここからライターは本格的に書き始めます。これは尾畠さんのような書下ろしのケースです。連載をまとめたものは、また違います。その後、ライターが原稿をなかなか書かないというケースも多数見られます。

 さて、編集者とライターが原稿を「ああでもない、こうでもない」と何回もやり取りして、「大体書き終えそうだな」という具合になったら、出版契約書を交わします。書き手(著作者)と出版元(出版社の代表取締役のケースが多い)との契約になります。
 内容は「印税の割合」「部数」「二次使用する場合」「電子書籍の許可」「増刷する場合」といった事が主です。

 書き手は著作権を保持しています。知的財産です。単行本が出版された後、文庫本として、単行本とは違う出版社から出しても構いません。著作物は書き手の知的財産だからです。ただしその場合、単行本の担当編集者に一本くらい電話やメールが欲しい所ですが。

 と、いうような事は尾畠さんは当然ご存知ありません。ですから、編集者はライターではない尾畠さんに、小さなお子さんに接するように丁寧に説明しなければなりません。

 尾畠さんはもしかしたら、「俺の本? いいよ出しても。印税? それは寄付してください。内容はお任せします」と言ったとします(尾畠さんは否定しています)。百歩譲って言ったとします。
 それを聞いた編集者は「そうですか。では出版にとりかかります!」と言って本が刷り上がるまで尾畠さんに連絡もしないというのは、編集者のルールとしてあり得ません。

 もし、僕がそう言われたとしたら。

「いや、尾畠さん。気持ちは分かりますし大変ありがたいですし尊重します。けれど著作権法に則って僕らは本を作っています。聞き書きした尾畠さんの言葉は全て尾畠さんの財産になります。ですから、内容は見て頂きたいのです」

 と、嫌でも見てもらいます。
 尾畠さんは全国を飛び回っています。忙しいから見てもらえないかも知れません。それでもしつこく付いて行って、尾畠さんに聞き書きした原稿を見てもらわなければなりません。このあたりは力技になります。

 その途中で尾畠さんが「面倒だから出版は止めた」と言ったとしたら、残念ながら出版はあきらめなければなりません。しかし、契約書を交わしていれば別です。契約違反になります。

 繰り返しになりますが、尾畠さんが百歩譲って「印税は寄付。内容は任せる」と言っているとしたら、余計怖くて僕なら、絶対GOを出しません。もし出版した後、「やはり内容が違う」というケースが一番恐い状況だからです。
 人間ですからいかに、「編集者に任せた」という書き手がいたとしても(プロの書き手はあり得ないので芸能人や一般人の告白本)、刷り上がって紙で文字を見た時に「あれ? 違うなあ」と思うものです。それを避けるために原稿チェックがあり、原稿を印刷会社に入稿してから校正がある訳です。

 たまに著作権を無視して出版して裁判になるケースもあります。ジャニーズの写真を肖像権の許可を得ずに出してしまった事もあり、当然裁判になり、差し止めになりました。俗に言う、海賊本です。

 今回は、著作者の尾畠さんがOKを出していないとしたら、上記の手続きをすっ飛ばして黙って本を刷ってしまった事になり、契約書がもし存在していないのなら、前記の例から差し止めになる可能性が大きいと言えます。


 それにしても疑問なのが、版元側が「印税ゼロ」を本当に信用したのでしょうか。担当編集が上司に「印税はゼロでいいそうです」と言ったとしたら、僕が上司なら「本当にそれで良いのでしょうか」と尾畠さんに確認を取ります。契約段階で「やはり気が変わった」と言われるのが恐いからです。というよりも、印税は払ってからその後、どういう風に寄付するかという方法を模索します。

 今回問題になっている出版社は寡聞にして存じ上げない出版社名でしたが、なぜこのような事態になったのか、本当に疑問です。これでは前記の海賊本と同様になってしまいます。(文◎久田将義)

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