テレビからネットニュースへの宣戦布告? ドラマ『ゴシップ#彼女が知りたい本当の〇〇』 コタツ記事がなくならない構造的要因
TABLO / 2022年1月13日 6時0分
テレビ番組の内容をそのまま要約するのも不本意だろうに(撮影@編集部)
フジテレビ系列『ゴシップ#彼女が知りたい本当の〇〇』(以下『ゴシップ』と略)見て、いくつか気づいた点があった(木曜夜10時から)。
内容はニュースサイト編集部が舞台となり、主人公の経理出身のクールな女子・瀬古凛々子(黒木華)がニュースサイトでは常識とされているものを覆していく。出演は溝端淳平、野村周平、生瀬勝久、石井杏奈、野間口徹、安藤政信、宇垣美里、大鶴義丹、秋元才加ほか。構図は昔からドラマや映画ではよく見られるもの、ではある。
1・舞台は大会社。ダメ社員がいてダメ部署がある
2・そこに新人(黒木華)が異動
3・ダメ編集者、ダメ編集部が新人によって活性化していく
この1、2、3の構成を Aとしよう。例えば『ショムニ』(江角マキコ主演・フジテレビ系)を見るまでもなく、映画『舟を編む』や映画『シン・ゴジラ』にもそういった要素が入っている。この「構成A」は定番と言ってよい。定番が悪い訳ではなく、例えば漫画でも
1・成長する主人公
2・永遠のライバル
3・越えられない存在(先輩、師匠、先生)
4・主人公の淡い恋心
の4つで構成されている少年漫画はヒット作に多く見られる。「構成B」としておくが、『ドラゴンボールZ』『スラムダンク』『はじめの一歩』などの大作はこの「構成B」に当てはまる。『あしたのジョー』から数えるときりがないのでこのあたりで止めておく。
音楽に例えるとコード進行のようなものだ。音楽でのヒット作には「カノンコード」(ヨハン・バッへルベル作曲『カノン』という作品のコードの事)というコード進行でつくられたものがヒットするという図式がある。それと似ている。
ドラマ『ゴシップ』の世界にすっと入っていけるのは脚本が「構成A」である点も大きい。あとは、テーマと俳優陣の演技、脚本に作品の良し悪しがかかってくるのだが、一話終了時点でのテーマは「ニュースサイトのコタツ記事批判」になっている。恐らく回を追って「構成B」の黒木華の成長物語と人間ドラマの要素を入れてくるだろうが、このドラマの狙いとしては「取材とは何か」「ニュースの在り方」「記者の矜持」「編集者の存在理由」になってくるのではないか。
コタツ記事とは文字通り、外に出て取材するでもなく、コタツに入っても書ける安易な記事の事を言う。すなわち、テレビ番組を見て、出演者のコメントを抜き出し「〇〇が告発」というようなタイトルを付けて、読者を釣る安易な記事の事。読むと「何だ。テレビでの発言の文字起こしか」というガッカリ記事である。
コタツ記事は特に、記事の構成、編集技術、取材能力など鍛錬や経験などを必要としなくなて良いので、ブログなどを書いている人ならば素人でも書ける。タイトルはあたかも芸能人に取材してコメントしたようになっているが、読むと「番組で発言した内容」がそれっぽく書かれている。
この安易な手法が一番多く使われているのが、スポーツ紙である。なので僕個人の検索結果だけで申し訳ないのだが、「ゴシップ#彼女が知りたい〇〇」で検索してみると大手スポーツ紙、大手写真誌はだいたい黙殺。話題になっていないからという声も、勿論あるだろうが。
このコタツ記事に対して経理から異動してきた、編集未経験の主人公黒木華は不思議に思う。
そしてある日、ゲームアプリの会社がツイッター上で「パワハラ」と告発されていた。ツイッターをまとめ上げ、記事で会社名を出して「パワハラ」と書いてアップしてしまう(何という甘さ。というツッコミは置いておく)。「うちみたいな弱小サイトの記事に対して大手ゲームアプリ会社が怒る訳がない」と考えで掲載した結果、ワイドショーで取り上げられ炎上する。そして相手側弁護士から内容証明書の抗議が届き、会社では「この編集部を潰してしまおう」という声が役員連中から出て、編集部員は真っ青に。しかし黒木華だけ冷静に対処する。
「果たしてこのツイートは誰が書いたのか」
という根本的な問題を抱く。そこから彼女のツイートの書き込み主を探し当てるべく「取材」が始まる・
※
その前に、舞台となっているこの出版社とニュースサイト編集部はどこか?と推測するのは、編集者としての本能だから致し方あるまい。もちろん脚本では特定されないよう、いくつかの出版社を混ぜて描写している。
まずこの出版社が日本を代表する超大手出版社であるという事が役員会議から見てとれる。出版社の役員会議室など入った事はないのだが、ただそこから見える景色は高層ビルから見える「大都会東京」だ。しかも自社ビルである(!)。「白亜の御殿」や「白亜の城」などと建築当初、羨みとやっかみで各誌編集者、記者から言われた音羽系の出版社を想像させる。
また、ニュースサイト編集部はその本社ビルではなく少し汚れた、しかし歴史ある別館だ。従って、新宿区にある日本を代表する老舗の出版社を想起させる。
水道橋界隈にある神田川っぽいものも写されている。神田川周辺には中小の出版社がたくさんある。これはさすがにどこか見当がつかない(僕の古巣、ミリオン出版<現・大洋図書>の側にも神田川が流れているし)。
※
いずれにしろ、「超大手出版社のニュースサイト編集部」であるのだがここでちょっと気になるのが、超大手出版社のニュースサイトの編集部員が5人しかおらず(一話の編集長生瀬勝久は早期退職。黒木華が新編集長で新人加入)、しかも登場人物によれば「月間50万PV」なのである。黒木華は異動早々、「5000万PVにする」と公言して他編集部員から呆れられるのだが、超大手出版社のニュースサイトが月間50万PVは考えにくい。
最近はコタツ記事も変化していて、「テレビを見て」ではなく、「YouTubeでは」「Instagramによると」と書くのが主流になっている。
なぜメディアスクラムは起きたのか 小山田圭吾さん問題「Quick Japan」を編集者目線で総括してみた | TABLO
YouTubeやInstagramの記事をアップする事によって、視聴回数が上がる可能性もあるので、内容をコピペではなく要約して記事化すれば、抗議が来る事は考えにくい。そして何より国内ポータルサイトでは半ば独占企業化している「Yahoo!ニュース」がコタツ記事を配信しているのが最も大きいだろう。
因みに1月12日現在の「Yahoo!」アクセスランキングを見てみよう。2位から。
2位 人気カップルYouTuber「彼氏と離れて号泣」動画に批判で謝罪 誹謗中傷には反対「やめてほしい」(配信元J-CASTニュース)
→YouTubeとtiktokの内容の要約。
3位 「すっかりお母さん」 第1子出産のイモトアヤコ、子どもをあやす“母の背中”が頼もしい(配信元ねとらぼ)
→イモトアヤコのInstagramの要約
4位 神田沙也加さんの愛犬、村田充の愛犬と仲良し 小さなベッドでぴったり(配信元デイリースポーツ)
→村田充のInstagramの要約
5位 “26歳年の差婚”の菊池瑠々、第4子妊娠を発表「もう、とにかくうれしいです!」 年上の夫も満面の笑み(配信元ねとらぼ)
→菊池瑠々のブログとYouTubeの要約
6位 安藤美姫 8歳愛娘と2ショット公開にネット驚き「双子のよう」「美姫さんそっくり黒髪美人」(配信元スポニチアネックス)
→安藤美姫のInstagramの要約
きりがないので以下略にするが、念の為スクショを撮っておいた。30位までほぼSNSの要約である。
が、本稿はこの手の記事の批判しているのではない。なぜなら、コタツ記事は恐らくプロの書き手が喜んでこういった記事を書いている訳ではないと信じるからだ。
では、なぜこのようにコタツ記事が蔓延しているかの理由の一つに「Yahoo!に配信されるから書いている」のがある。
Yahoo!はガリバーである。芸能人、タレントなどが番組で「Yahoo!のトップに載った」とギャグ混じりに語る事がある。これなども少なからず、影響していると思う。一言で言えば権威になっている。
25年以上、出版業界にいた身としては、似たような現象があった事を思い出す。当時も今も、取次は業界から「トー日販」あるいは「トーニッパン」と称されるように「トーハン」「日販」(日本出版販売)の巨人の二社が独占状態だ。その他にも勿論、取次店はある。太洋社、大阪屋、栗田出版販売等々で現在は合併などで異なる社名に変更している会社もある。出版不況により無くなった取次も多々ある。
とは言え、依然として「トー日販」の寡占は変わらない。そして、往々にしてこの二大取次二社が中小出版社にマウントしてくる、という話は伝わってくるし、実は編集者である僕もそのマウントを体験した事がある。というものの、取次も出版業界の「仲間」である。本を売りたい気持ちは変わらない。情報交換の場を設けてくれる事もある。本への愛着に版元も取次もない。「売りたい」という目的は一緒だ。なので、マウントされつつ、自分の雑誌の説明を熱心にしているうちに窓口の係長(まだ覚えている)が、最初は冷淡だったのが、段々と自分の話に引き込まれていってくれたのも覚えている。出版業界人同士なのだな、と嬉しさを感じた。因みに、通常は取次の営業に編集者はほぼ行かないので貴重な体験が出来たと感謝している。
因みに、100冊以上の雑誌の編集長を務めた体験から言うと、本や雑誌の成り立ちには、著者やライターと編集者は当然だが、直接かかわったデザイナー・レイアウター、カメラマン、イラストレーターは勿論、社内では営業部、広告部と取材費を捻出する経理や総務部。そして取次、印刷会社、製紙会社などの全てに感謝すべきだ。そして何より、書店の努力。書店回りをしないとこの感謝の意は得られないと思う。
が、ニュースサイトは異なる。関わった人たちの顔が一部しか見えてこない(もちろん、きちんと顔を突き合わせて話し合うような非常に熱心なポータルサイトもある)。またガリバーであるYahoo!はニュースサイトが主として成り立っているポータルサイトではない。買い物ができる。物を売る事も出来る。ニュースを殊更、取り上げなくても成立する。
長らくコンビニストアを販売場の主としていた『実話ナックルズ』(大洋図書)の編集長を務めていた身としては、情況が似ていると感じるが、話がズレるのでここでは止めておく。
元から配信契約をしている大手・老舗の記事はコタツ記事であろうが、上記のランキングを見てお分かりのように、ガンガン配信してくれる。これによってPVがどれだけ助けられているか。マネタイズの面でどれだけ楽になっているか。業界人の中にはコタツ記事を苦々しく思っている人も多々いるし、前述したように書き手が喜んで執筆しているはずはない。けれど、配信してくれる限り延々とコタツ記事は書かれるだろう。ずっと、YouTubeとInstagramとTwitterをチェックする日が続く。繰り返すが書く方も嫌になるだろう。
黒木華は、編集部で5000万PVを目指すと言う。その方針は「ゴシップ記事」を掲載する事だ(この当たりは「?」である。とっくにそんな事はやっているはずでは……)。ただ第一回目はSNSのつまみ食いの記事で抗議をされたため、ツイートをした人間を資料と足で突き止め、自分たちの記事を裏取りするのだが、こんな取材はライター冥利、編集者冥利に尽きるだろう。駆け出しの編集者の時(今でも駆け出しだが)、ライター永江朗さんが僕に言った事がある。
「Aという記事があるとするよね。それが怪しかったら、その記事の通りに検証していくという方法も良いと思うよ」と。
これは大変、参考になった。いくつかの雑誌で、真偽がアヤシイ記事をトレスさせて頂き「この記事は嘘だろう」という結論に至った事もあった。記事を掲載後、その雑誌の副編集長に酒の場で殴りかかられた。大変弱弱しかったので却って気の毒になってしまったのだが、今となっては笑い話である。
『ゴシップ』でも黒木華はこの手法を行使していった。違うのは自社媒体の記事のトレスだった。因みに、同様の手法は映画『ニュースの天才』も使われており、取材の原点と言っていいかも知れない。まだ始まったばかりの『ゴシップ』だが、どこまで業界の内情に斬り込めるのか、興味深いところではある。(文@久田将義)
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