沙也加さんの不幸を乗り越えて 「永遠のアイドル」松田聖子が魅せたプロ根性にファンも涙
TABLO / 2022年6月14日 7時24分
永遠のアイドル松田聖子。さいたまスーパーアリーナを満員にした。
6月11日(土曜)に松田聖子のコンサートに行ってきた。
未解決事件やウイグル、エアフォースワンなど、このところ僕が手がけたものと、テーマがかけ離れている。そのため、戸惑われた方もおられるかもしれない。でも僕にとって、この日のコンサートは、同じぐらい好奇心をかられる対象であった。
報道で広く知られているとおり、松田聖子は一人娘の沙也加(享年35)を昨年末に亡くしている。離婚以来初めて神田正輝と二人揃って、気丈にも取材に応じたのを最後に姿を消した。年内に各地で行われる予定だったディナーショーはすべて中止。毎年出場していた紅白歌合戦も出演を取り止めた。
その日のコンサートは、沙也加の死後、はじめてのホール公演。死後まもなく、取材に応じるほどの、芸能人としての覚悟を持つ聖子なのだ。コンサートの場では、ファンに向けて、またマスコミへ向けて、沙也加の死について、何らかの表明があるのではないか。その瞬間をコアなファンとともに見届けたい。そんな期待から、松田聖子のコンサートのチケットを購入したのだった。
開演40分前。さいたまスーパーアリーナの入口近くには、還暦前後と思しき男女で混み合っていた。男女の比率は3対7ほど。背中に松田聖子と刺繍がされている学ランを着た親衛隊の人が集まっていたり、ぶりっ子と言われた40年あまり前の松田聖子の格好そのままの女性たちがいたりと実に気合いが入っている。皆さんの格好に時の経過の残酷さを思うとともに、ずっと応援し続けてきたファン一人ひとりの人生というものに思いを馳せて、開演前から僕は胸を熱くしていた。
キャパ約1.8万人の場内は超満員。約10分遅れの午後4時10分すぎに開始。ステージ内に設置されたエレベーターに乗ってステージの2階部分に登場した聖子。なぜかエレキギターを弾きながら歌っている。初期のヒット曲「チェリー・ブラッサム」だ。
歌い終わって、エレベーターが一旦下降。次の曲に入ると、聖子は再び2階に登場。今度はドラムを叩きながら歌っているではないか!!!
予想外の演出に口をあんぐり開けていると、聖子はエレベーターで1階に降り、9人のダンサーとともにバレエの振り付けを取り入れた踊りを披露しつつ歌ったり、プリンセスと王子のようなシチュエーションで歌ったりとミュージカル風の演出。声は若々しく、ハイトーンの伸びが素晴らしい。
還暦なのに、ここまで歌って踊れる人はいるんだろうか――。圧巻のパフォーマンスに僕はあっけにとられた。
7曲目だったか。二度目の衣装替えの後、雰囲気は一変した。エレベーターに乗って2階ステージに登場した聖子の衣装は真っ黒。まるで喪服のようなドレス。明らかに持ち歌ではない、ロックチューンを歌いはじめた。
すぐ近くの席には、人目はばからず涙を拭っている還暦ぐらいの男性がいる。どういうことなのかと思ったら、曲が終わった後のMCで、その真相がわかった。
「20年前、ここで歌ったのがついこの前のよう。今日も一緒に歌ってくれたんじゃないかな」と聖子が言ったのだ。
2002年5月にデビューした沙也加は、翌6月21日、今日と同じ場所で、松田聖子のコンサートのゲストとして登場、デビュー曲ever sinceを母子で一緒に歌ったのだ。
「娘は天国へ旅立ちましたが、私の心にずっと生き続けてくれています」と言って聖子は嗚咽した。そこには、スーパースター松田聖子としての顔はなく、神田沙也加の母親としての顔があった。
そんなMCに観客の多くはもらい泣きをしていた。娘の死から立ち直ろうとする気持ちの強さに僕も感動し、涙が出た。沙也加について何らかのコメントをするとは思ってはいたが、まさか娘の歌を歌うとは、予想していなかった。松田聖子は娘の歌を歌うことで、娘を悼んだのだ。とすると、その曲の前の、生前の沙也加の活動を彷彿とさせるミュージカル風の演出も、娘へのオマージュだったのかもしれない。
ところがだ。追悼のコーナーはそこまでだった。
「ママしっかりしてって、沙也加に叱られますね。頑張ります」などと言って、ピタッと涙を封印し、ショーを続行したのだ。
アコースティックコーナーでマイケル・ジャクソンの曲をジャズ風に歌ったり、観客がプラカードで寄せたリクエスト10数曲を応えてすべての曲を歌ったり。さらには東京ディズニーランド風の世界観のパフォーマンスがあったり、スクールメイツ勢揃いというデビュー当時の雰囲気そのままの演出があったり。アンコールを含めて2時間あまり。歌った曲はなんと39曲に及んだ。
マスコミではやれワガママだとかいろいろ言われていたが、MCを聞く限り、報道の印象とまったく違っていた。人への気遣いと、礼儀正しさと、それでいてユーモア溢れる話しぶりと。そんな点ばかりが印象に残った。完璧主義の塊。エンターディナーの鏡。40年以上に渡って日本の芸能界のトップを突っ走ってきた、松田聖子という人の凄みを見た思いだ。
人によっては、娘の死について公でコメントし娘の歌を歌ってしまう彼女なりの悼み方に、あざとさを感じたり、亡くなった娘を利用するなと怒る人も中にはいるだろう。
しかしだ。僕はこう思った。沙也加のデビュー曲、「ever since」を聖子が歌ったのは、40年以上に渡って、そのプロ根性を発揮し続けた彼女なりの、不器用だけど、誠意にあふれた娘への悼み方ではなかったのかと。
お客さんを楽しませるためだったら自分がどんなに大変でも頑張ってしまうという、松田聖子の凄まじいプロ根性は、時に家族や近しい人を巻き込んできた。その一人が娘の沙也加だったことは言うまでもない。沙也加本人もそのことを生前自覚していただろうし、天国から「ママらしい悼み方だ」と苦笑いしていたはずだ。
神田沙也加さんの冥福をお祈りします。(文中一部敬称略)(文@西牟田靖)
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